電子辞書を使い始めて7年になろうとする浜地貴志が思い出に残るはじめての機種や迫害の経験を自由闊達に語る

高校のときの後輩に「何がよいですか?」と聞かれて、思い出すことが多々あった。
私が電子辞書を使い始めたのは高校1年のときだったと思う。機種名は忘れていたが、カレッジライトハウス英和和英が入っていたので、それで検索した。以下のものが該当した。ほかにカレッジライトハウス入れたのはなかったのか。

TR-6700 (セイコー電子工業)
研究社のカレッジライトハウス英和・和英とRogetの類義語辞書を搭載したモデルです。英和のほうは,新英和中辞典などよりはるかに収録語数が少ないですが,和英は訳語の区別や文化的差違などを丁寧に説明するなど,非常に斬新な内容で,英語を書く機会が多い人にはジーニアス和英や研究社の新和英中辞典より役に立ちます。ライトハウスシリーズの電子辞書版は,この機種しかありませんし,ライトハウスは,高校生用辞書としてはジーニアスよりも人気があるはずなのですが,思ったより短命でした。ほぼ同時期に発売されたTR-9700は,後継機のSR-900が発売されているのですが…。やはり,電子辞書は語数の多い辞書をバンドルしたもののほうがユーザには受けるのでしょうか?。

リンクを辿ってもらうと分かるのだが、研究社新英和・和英を入れた機種の下位エントリー機種として出ていた。どうしてどうして上位機種にしなかったかというと、単純に新英和・和英が嫌いだったからだ。収録語彙は多いが、語法が弱い。それは、新英和の上位辞書であるところのリーダーズにも如実にあらわれている。学生は、読むことだけでなく書くことも覚えなければいけない。語法は重要だ。
高校が指定していたのも、ジーニアス英和またはカレッジライトハウス英和であった。なお、高校推薦の和英はプログレッシブ和英中辞典ISBN:4095102527
私に英和辞書を語らせるとすこし長い。このTR-6700がよかったのは……

キーボードが押しやすかったことだ。遠い昔のファンタジーなのかもしれないが、あのときの押した感触は現存の機種にはどれにも残っていない。適度な硬さと、キー表面の摩擦感があった。
もちろん、液晶は4行で、展望性はない。文字を入れていくにつれて単語が逐一表示される、あのインクリメンタルサーチというものもない。
狭いのは認めよう。だが、インクリメンタルサーチの邪魔さについて誰か意見の合うものはないか。インクリメンタルサーチで「確定」を押さずとも意味が取れてしまうおかげで、確定を押さないでそのままにして、次に検索しようと文字を打っていったとき、前の語末に文字が追加されてしまった経験があるものはないか。怒りと共に「一文字消去」キーを連打した経験はないのか。……だから邪魔だといっている。
当時、電子辞書を使っていた人間が、まわりにいただろうか。あまりいなかった。クラスメートからは外道、邪道といわれた。紙を使わなければ勉強にはならない、といわれた。その言葉が理解できなかった。紙であろうとディスプレイであろうと、提示されるデータは同じである。「前後を読めるのがいいんだよ」という声もあった。これは、一見否定しがたいようでいて、ナンセンスである。辞書を引いて、前後は基本的に見ない。見たければ、電子辞書でも、ページ前後機能がある。それよりも、スペースの節約、時間の節約、両者においてはるかに電子辞書のほうが勝っている。
塾のアオキ先生も、最初はあまり認めてはいなかった。私が高3になって、ようやく、先生は電子辞書を評価しはじめ、自分でも購入していた。それはおくとして、彼は最初期の「使えない」電子辞書を買ってしまった人だったのだ。私も上のページを見ていてなつかしかったのだが、当時「フルコンテンツ辞書」といううたい文句があった。今ではもう見かけなくなってきたが、前は、英単語に対して語義しか載っていないような、まったく「使えない」電子辞書があった。紙の辞書でもそうしたものがあるが、何の役にも立たないと思う。あえていおう、グランドコンサイス、リーダーズの両辞典は巨大ではあるが、この「語義中心型」である。しかしながら、巨大であることそれ自身が強いから、使えるのみである。ともかく、電子辞書はフルコンテンツになることでようやく「使える」ものとなったといえる。
購入するきっかけになったのは、何だったか忘れた。おぼろげな記憶を辿ると、野口悠紀雄のA5版の本で「フルコンテンツ」が紹介されていたのを読んだようにも思う。だから、そのあたりだろう。私は、高校1年生の頃は、「超」シリーズの読者であった。私の基本的な勉強法は、『「超」勉強法』ISBN:406264827X
そのあと、Ex-wordの何かを使ったんだったか。これは、キーボードがべにゃべにゃで、ストレスのたまることたまること。末期は、落として、液晶が割れいちばん最近持っていた電子辞書は、SEIKOのSR9200。論文読み、MBoC読みにはこのレベルないと無理。でも、とても分厚かった。このあと、波打つように出てきた機種は、いずれもコンパクトで、持っている友だちがうらやましかった。
ところで、高校時代、私が並行して使っていたのは、MS OFFICE付属のBookshelf Basicであった。これは、使えた。これがオフィスにロハでついてくる事が信じられないぐらい素晴らしかった。オフィスがどれだけダメダメでも、これをつけている一事で評価できた。というのは、これに入っていたのは、上でも少し登場したが、プログレッシブ和英中とその英和である。和英は、学習用辞書にとどまらず、実務でもかなり使えるものとされている。「小学館プログレッシブ英和中辞典」は、かの「ランダムハウス英和大辞典」の普及版ともいえるもので、はっきり言って、語法の面からも、「研究社新英和中辞典」をゴボウ抜きするという感想があった。
上で、書くことを学ぶためには語法の記述が必要だ、と言った。それは確かである。しかし、付け加えなくてはいけないことがある。読むとき、訳すときにも、語法は絶対的に重要だということだ。逐語訳していては、深い理解は到底得られるものではない。文全体、文章全体の構造を捉えていかなければいけないのだ。そうした読みを進めるために、語法の記述がどれだけ助けになるか、想像していただけるかと思う。
私の研究社嫌い・ランダムハウスシンパは、実は私自身のものではないかもしれない。いや、完全に受け売りだ。というのは、私は長く副島隆彦に傾倒していて、副島が予備校の英語教師としての経験から研究社新英和をこきおろしていたからである。そして、ランダムハウスを評価していたからである。
ともかく、ブックシェルフベーシックはかなり俺の役に立ってくれた。私は、塾でも高校でも、英語の予習といえば全文和訳であった。そんなときこのCD-ROM辞書というツールは非情なまでの強さを俺にくれた。左に秀丸、右に辞書。オルタネート・タブでプログラムを切り替え、辞書を引いては訳文を追加し、未知の単語については発音機能で発音も覚えた。いまもそのスタイルは変わらない。論文の輪読の予習は基本的にそうである。CD-ROM版ランダムハウス大英和の時代も経た。今では英辞郎に代わったくらいである。
結論でもないが、いま英辞郎に勝るものはないように思う。そういえば、万理雄に英辞郎第二版をあげないといけないのだ。それで、私が携帯している辞書は、Clieの1GBメモリースティックにぶちこんだ、英辞郎+WDICである。ここに、大き目の国語辞典が入れば最強になると思っている。追って、「国語大辞典」あたりをPDIC形式にして放り込むつもりである。
書いていて、自分の気持ちが高校時代に戻っているのを感じた。そろそろこの辺で。