人と話したくない

カンバセイション・ピース (新潮文庫)」を読みながら臨海実習の後半を過ごし、飲み、話し、戻ってきて、発表準備をし、稽古に行ったりしているうち、ああ、人と会話することって楽しいな、と少し思った。話をすることが苦手なのは脇において、よく聞き、言葉を選び、口に出すことはできて、面白かった。人からどう思われているか気にならないではないけれど、詮無いことで、みんな苦労しているのだから自分もやってみよう、気まずくってもいいんだと。
しかし喜びも束の間、予測していたことではあるけれど、揺り戻しがやってきた。セキュリティソフトがインストールされていないから日曜日の午後に出歩く時は気をつけなければいけないとわかっていたのに、のこのこと池袋に出て行ってしまい、深刻なダメージを受けた。いったい自分はどうしてしまったのか、と思ったが後の祭り、松屋で空腹を満たしても経過は不良で、部屋に帰る気もせず、大学にいく気もおきず、和光は遠いし、池袋にいても辛いだけで、とぼとぼ歩いているうち、ああ、俺は人と話したくないんだと合点がいった。問題が見えると、一安心だ。
駅の床のタイルを桂馬とびに歩いていくのは子供の頃のひとり遊び、いまもやってしまうのは治りきっていない変人趣味の名残でもある。けれど、一面では、歩いている間になにか余計な事を考えないための俺の方法でもあるのだ。無心に、右、左、交互に、足を踏み出すことだけに集中すれば、それだけ、心が落ち着く。