戦えていない苛立ち

総額200万円の実験を発注する。ワンセット50万円 x 4 である。こちらで準備をやって、米国の機関に材料を送ると、半年後に素晴らしい新兵器が届く仕組みである。ヘッドからは、気を引き締めるよういわれている。
俺は戦えているのだろうか?
立ち止まっている暇はない。実験の準備をしなければいけない。
準備というのは、藻の大量培養である。A nice and rich volumeの藻を集めて(総計およそ1,000万細胞)、濃縮(というより凝縮)する。
大量培養というのは、場所も食うし、器具も食う。迷惑な実験なのである。その迷惑な実験をやろうとしている。そして、それが私が和光で実験をしている理由だ。だから避けては通れない。私が噛んでいるプロジェクトの「核」といえる実験だ。プレッシャーに押しつぶされそうである。
だがいくら血と汗と涙を注いでもおそらく報われることはほとんどないだろうというのが私の現段階での認識である。「で?」で終わるだろう。いや、聞いてもらえたらいいほうだろう。多くの人は、誰の話に対してもたいていそうであるように、無関心で、聞いていても心はそこにはない。何か別のことを考えている。私も例外ではない。
いま本郷にいてこれを書いている。いまから和光に向かう。倒れたら立ち上がればよい。死んだら生き返ればよい。