GGSとパトさん

左下、サイドバー領域最下段に「GGS」と銘打ったグラフを設置してある。
これは何かというと、Jared Diamond's "Guns, Germs and Steel"ISBN:0099302780をあらわしたものである。ようやく第1章を読み終えたところだ。
この本は、翻訳が出るか出ないかのとき、山形浩生のCut書評でとりあげられた。当時私は高校生で、山形ファンであったから、当然興味を持った。翻訳は出ていただろうが、私は原著で買った。英語の勉強のため、ではない。むしろ、当時から私は、英語というのは障壁であってはならぬと考えていたから、英語と日本語を同等に扱おうとつとめていた。その上で判断したのは、いま1つの私の中での決定的な基準……すなわち「分冊よりも圧倒的に一巻本を選好する」というスタンスに、ペーパーバック一巻本のこの本が合致したからである。私はこの本を別所の修成店で購入した事を覚えている。
正直に言って、この本が大きな意味で私をして進化を学ばしめたのだろう。学部2年の頃、サークル活動の場所取りのため張り込んだ早朝のキャンパスで、蚊を払いながら、同期に昆虫の絶滅と中南米帝国の滅亡をつなげて論じようとしたことは、明らかにこの本の影響である。かつてはこのブログ日記も、「殺シ屋鬼司令・絶滅学覚書並抜書」と題していた。また、ここのidの"extinx0109y"とは、0, 1, 9をそれぞれo, l, gに替えることで、extinxology、つまり、(戯れに)「絶滅学」となる。いまでは性進化学徒*1であることを引き受けた私には、青春の日の名残でもある。
絶滅を生ぜしめる一般的原理の探求が絶滅学の要請であり、この理論を、環境(Lv.0)・個体(Lv.1)・個体間(Lv.2)・社会(Lv.3)の各層についての「絶滅操作」を定義することから構成していこうと漠然と思っていた。Lv.1での絶滅操作とは、単純なミナゴロシで、1個体ずつ生命を奪うこと((失敗)例として、)。Lv.2では、個体間の生殖行動に対する作為的介入(例として考えていたのはウリミバエの根絶)。Lv.3では、文化的な転覆(例として、中南米帝国、および、もっと身近な文化におけるもの)。数理生物学の講義で格子力学の考え方が応用できるらしいと聞き興奮したこともあったが、いまではどのようにこの理論自体を私の中で絶滅させるかということが、理論と私との間に横たわる課題となっている。
GGSについては、当然、原著にあたることはそれほど容易ではなく、結局10年近くが過ぎてしまった。何度か挑戦した。駒場時代、生物学科進学時、TOEIC受験前後、そしてそのたびにくずおれた。
そしていままた『系統樹思考の世界』文献リストに挙がっているのを見て、やはり読みたいという思いを無視できず、ふたたび埃を掃った。
原書はやはりそれなりの資源を必要とするから、ふつうスターバで読む。きのう、ラボの机の上に置きながら私が別の論文を読んでいると、パト氏が
「おお、Jared Diamondを読んでいるのか……翻訳はないのか?」
訊くので、
「いや、ある、だが一冊にまとまっているのが好きなのだ」
「そうか。私も前に読んだ。ずいぶん前だ。かなり面白かったな。新しいのが出ているだろう、何と言ったか……」
「Collapseじゃない? それももう翻訳があるよ。そっちは持ってないけど」
「私は、買ったまま置いてある。Diamondは……専門はなんだったか、進化というか人類学だな」
パト氏はPubMedでJ Diamondなどと検索しはじめ、News and Viewsの記事を見つけて読んでみたりしていた。私もgoogle scholarで見て、GGS書が1000以上引用されているのを知った。いつしかパト氏は、amazon.comで検索していた。
「うゎーぅ、レビューが1000件あるうぇーぃ。レーティングは4。誰かが下げてるんだ」
見ていくと、5がダーッと並んでいる中に、2とか1がある。
「こういうのは大体政治的なのさ……お、1がある。どれどれ……

『ほんはキライ』
えがない カンじない
くたびれた

ぢゃねー

ことばばっかりつぎからつぎへ
たいくつ
コない
*2

うわ。こういうstupidなのはほんと困るね……本を読んだ感想ですらない。これはひどい。あと……政治的な団体がわっと書き込むわけだよ」
「ほんとだ。あ、ちょっと日本のも見てみよう。レビューも1000はないだろうけどね……あ、30件だ」
「4.5か。日本でのほうがすんなり受け入れられてるんだな」
「5,4,5,5,4,4,……あ、2だ。『読ませるように書かれていない』だって。このレビュアーの他のは、フォーサイス、クランシー、クーンツ……なるほどね、そういう人なんだ」
「そういうことか。うむ、まあ、わからなくはない。確かにそうだ。この本は確かにかなり高度な科学的内容だ」
「きっとこの人は科学書に慣れてないんだ」
「そうだろうな。私のbrotherもそんなだ。ダンジョンズアンドドラゴンズとかの類にしか興味がない。ざっと見たところ、日本のアマゾンのレビューは政治的な書き込みがなさそうだな。いやあ、ああいうのは本当に勘弁してほしいよ」
パト氏、TRPG好きの兄弟のことを言っているが、以前、パト氏本人、本国より(ムダに)送られきたるTV guideを見ながら、「サイ、ファイ……」と呟きながら眺めていた。私はそれを聞き、ラボの別のメンバーに問いただした……「パトさんって、ひょっとするとこーんなかんじに眉毛がつりあがっちゃったりしてる人を見るとすげえアツくなっちゃったりするんすか」「うん」
「ところで、ハマヂ、君はS J Gouldを読んだことがあるかい」
「うん、えーと、Ever since Darwinだけだけど、読んだよ。ずいぶん前だ」
「私はFlamingo's smileを読んだ。あの人は面白いな。生前だが、(このへん少し聞き取れなかった。もとの同僚がハーブァードに行ったか居たかして、その人がグールドと日常的に接していたということらしい)本は面白いが人間的にはキツい人だったみたいだ。あ、種の起源は読んだか」
「ああ……読んだなあ、最初のあたりはしっかり読んだけど、後のほうになってくると例証がだーっとあるので、やっぱりきつかった。読んでいてもイメージがわかないんだもんな。ただ、やっぱり凄い本だった」
「ああ、凄い。ダーウィンはよく書いてる。生物学やってたらありゃ読むべきだ。もっとも、みんななかなか読まないんだが……」
この小一時間の会話は、私のほうは強い緊張を心に持っていたけれども、終わったあと、非常な満足を感じた。こう書いたとたんにバカだと思われるのだろうが、本をめぐって、日常の中で、ちょっとした会話ができるというのは、とてもうれしいことである。
ときどき思っていたことだが、パトさんは、生物学入門書の中でもとりわけ私が2003年の3月頃、大いにお世話になった、ゆかいな生物学―ファーンズワース教授の講義ノートの「ファーンズワース教授」の漫画と似ていると思っている。今日の画像は、ファーンズワース教授の絵である。
その最後の章が素晴らしい。
「東部の理系の大学」を追い出される前、付き合っていた女の子から、新しい大学の試験直前に

これは私が書いた中で一番書きづらい手紙です……

という書き出しの手紙をもらってしまったファーンズワース先生、続ける。

私は打ちのめされてしまったが、ひどく幸運なことには、数分後にはもう偉大な賢人、哲学者が何世紀もの間述べてきた真理を発見してしまったのだ。逆境から力は生み出される。私は自分の部屋に戻り、ショックが消えるまで座っていた。それから、いずこからかは知らないが、「それなら私は科学者になってみせる。こんな事で破滅はしないぞ。絶対にAを取ろう」という気持ちが起こってきた。

いま私は、1つの重要な仕事を終えて一息ついている。パトさんといろいろの本について語ることが許される生活に満足を感じている。しかし、やがてその日も終りを迎えるのは自明の理である。私はまた、あのヨルベナスの絶望の底で途方にくれていた日々の中で苦しむだろう。苦しみは何度でも甦る。しかしそれでこそ力というものは湧き上がる。臨終の瞬間を過ぎるまで気を抜くわけにはいかない。

*1:Evolutionary Science of Sex……E-S-Sか!

*2:"I hate book", July 19, 2006/no pictures nothing moving/whacked//my bad//just words one after other/bored/no beat