殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

プライマー未着

研究所にいって、おととい注文してもらったプライマーでPCRでもしながら休日をやり過ごそうかと思っていた。
しかしプライマーは届いていなかった。5ゴルツ
帰りの東上線は人が多かった。休日、上りなのだから当然なのだけれども、普段はこうした人の流れと逆行して生活しているから、こうして人が乗っている東上線はとても居心地が悪い。実際、暑さと、車内でいちゃつくファッキンアラウンドに苛立ち、全人類の浄福な滅亡を願う心がたちどころに高まっていった。席には座れない、しかし出口を占拠することもできない、待たねばならない、すべての人が邪魔だった。ジュンク堂キングラーメン、cafe pauseをうろついていた。一時、土砂降りの雨だった。疲れていた。今日の疲れなのか、それとも蓄積していた疲れなのか、わからなかったが、家に帰って寝るにしくはないと思った。山手線が落雷で止まっていた。10モルツ
ビックでFF3DSを見てヤバくて、いいのがあれば買おうと思っていたヘッドホンもどうでもよくなり、駅に戻ったらまだ山手線は止まっていたので、丸の内線で帰った。そして8時に自転車を出して大学に来てけいすけでつけ麺を食べた。さっぱりしてる。のどごしがいい。かなりイけるクチである。
楽譜を作らねばならないことがあるかもしれなくなった。ちょっと見ていたがmac os x版のlilypondが導入も楽チンで気に入った。
きのう書籍部をぶらぶらしていて少しは、恩返しができたかなという本を見つけ、2001年理I入学とあり、同期か、と思った。コマトゥ出身だからゴニョゴニョだが、気にかかったのは、「東大生だった」という文言が大過去めいた印象を帯びていたことである。もっとも、大学入学も遠い話だ。駒場でぐうぐう寝ていた頃だ。私も学部生ではもはやない(当然だ)。後輩たちさえも社会に出た。柴田さんは駒場で授業をしなくなり、図書館も新しく建った。生協すらも新しい。換気扇に結晶が析出していた、息することもできない超アンモニア臭の生協男子便所は過去のものとなった。