ブレなく対象を捉えながら視野を変えていく

生物学者にとって顕微鏡観察は基本中の基本である。
私自身は顕微鏡観察が得意ではない。卒業研究ではさんざっぱら顕微鏡を見ていはしたがもうそれも2年前のことである。現在も顕微鏡がメインのラボであるからメンバー全員観察にはうるさいが私は分子進化をやっているのでちょっとずれている。それでも時々、顕微鏡をのぞいて、藻が元気かどうかを確かめる。
顕微鏡にはリボルバーという部品がついていて、ここにさまざまな倍率の対物レンズがついている。このリボルバーを回転させると、対物レンズが入れ替わって倍率が変わる。このときブレてしまうと対象を見失う。倍率を低くして視野を広く持つとは全体を俯瞰することである。逆に、倍率を上げていくと視野が狭まり、細に入った観察ができる。お作法として、倍率が低いものから高いものへ、つまり、荒い視野から細かい視野へと段階的に移行しながら観察をする。突然倍率を上げてしまうと自分が何を見ているのかさっぱりわからないからである。また、対物レンズが観察試料と物理的に接触してしまい破損するおそれもある。倍率を上げる作業は簡単ではない。
この顕微鏡観察の手法は、作文技術にも重要な示唆を与えている。
広い視野からだんだん狭めて倍率を上げるという行為は、視覚に限らない、認識上の特性に合致したものである。私は、文章を書くとき、全体像をまず示したあとで、細かい記述、説明、比較へと立ち入るようにしている。顕微鏡の視野という概念と重ね合わせながら述べよう。顕微鏡観察は、観察者が生身の視界からさらに細かい視野を切り出していく行為だといえる。絶えず、倍率がそのつど正しいか、見たいところが見えているかを考えながら観察していく。顕微鏡観察であればこのように倍率という定量的な基準、つまり尺度があるから、わかりやすい。ところが、作文となると、抽象度が高くなる分、ひとは、突然視野を大きくしたり小さくしたりして、わけがわからなくなってしまう。そしてブレてしまう。最初に言いたかったこと、明らかにしようとしていたことを達せられないままに、時間切れ、エネルギー切れになってしまう。
型に則って、一般的なものから具体的なものへ、大枠から細部へ、記述していくのがよい。