殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

私が勉強していた部屋

できる子は子供部屋では勉強しない」のだそうだ。
確かに、家のどこででも勉強していた。
実家は、田舎の一軒家である。玄関あがり端に「洋間(応接室)」なるものが無駄に存在し、そこを自分の部屋としてあてがわれていた。窓もなく、薄暗いシャンデリアしかない洋間は、幼いながらに気に喰わなかったのだろう。勉強机は瞬く間に、公文だら何だらの紙葉の山に埋もれた。勉強していた思い出は、いつも居間の電気炬燵にしかない。天板を裏返せばビロウド張りが現れて麻雀卓に変貌するあのコタツの辺、縁は、合板の継ぎ目を隠すためにプラスチックのキャップがめぐらせてある。このキャップが2mm程盛り上がっていて、すごく痛かった。問題が解けないようなとき、手首に付いたキャップの痕を見て、怒りを机のキャップの盛り上がりのせいにして、歯を食いしばり、こぶしを握り締め、コタツを叩いたり、叫んで回ったりしたことが何度あったかわからない。要するに自分の部屋にはあまりいなかった。のちに中学高校時代は、かつて父親の書斎であった部屋や、祖父の衣裳部屋であった部屋を貰っていって、自室で勉強するカタチになったけれども、今度は勉強場所が拡大していき、図書館まで足を運ぶようになっただけのことである。今でも基本的におなじで、大学や、スターバ、ミスドドトールタリーズ、フレ、ジョナ、バーミヤン、ビルディが、私の勉強場所である。