もともとずいぶんな虚無主義者だった

左のスキンヘッドの写真を先輩に見せたとき、
「写真のときのほうが人を寄せ付けない感じがするよね」
と言われました。
写真を撮ったのはもう6年前です。
当時からずいぶんな虚無主義者でした。何かをしたとして何か別のものが戻ってくるとは本当には確信しておらず、そのとおり何も戻ってきませんでした。今ではむしろ「絶望」と呼ばれる希望を持っている分だけ、人と話すことができるようになりました。
何も戻ってこないからこそ生きていられます。なしたこと全てに裁定が下り、評価されるとしたら、どうして息を吐くヒマがあるでしょうか。