遠距離……

そんなことをおおっぴらにいえる身分ではないのだが、遠距離はムリだなと思う。
観察していても難しそうだ。それに、遠くの人を惚れさせる、相手に想わせ続ける、という自信もない。
怖じ気づいているといわれるのかもしれないけどな。
あと、好意を寄せてくれるひとは、いつも、とても、遠くにいる。これは妄想が多分に入っている。好意にこたえられたらどれだけ幸せかと思う。実際、そういうひとたちをとても愛しく感じることもある。
でも、ムリだ。イヤだ。と、遠くのひとたちから、離れる、離れたほうがいいかもしれない、という気持ちもあるのだ。ひとりで週末を楽しく過ごせはしても、やっぱり、街ゆくカップルをうらやましく眺めているのだ。誰かといっしょにいる日常を望んでいるのだ。くすりゆびやひとさしゆびの光沢に嘲笑われているような気分にさせられるのは、もうごめんなのだ。
私は修士過程2年間の観察から思ったことを、ひそかに3行にまとめた。

  1. シャーレの中で、距離の近い配偶子どうしが接合する確率が高い。
  2. すでに接合した配偶子(つまり接合子)とは、接合できない。
  3. 鞭毛の切れた配偶子は接合できない。

これもいい加減な話である。
あと、遠距離の片思いというのは、典型的に「逃げ」だ。手紙なんかをやりとりしても、片思いなのだから基本的には向こうは乗り気でもなんでもないのであって、実現可能性を度外視してしまっている。そのくせ、家に帰ってポストをあけるたび、メールの着信があるたびに、こちらの思いは募ってしまう。そんなのは俺はもうまっぴらだ。