殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

太陽以外に彼らが一体何を……

3年前、富士山にのぼりました。7月でした。

そしてもう一つ、御来光登山がトラウマになっているのではないかというのが、私の仮説である。

私も例に漏れず、ご来光を見て参りました。
上のエントリの人は何をキリキリしているのか。単にベテラン風を吹かせたいのかな。私は山のシロートではあります。でも、ちったあ勉強もしてみた植物学徒として言わせてもらえれば、富士山なんてのに「植生の美しさ」なんぞ望むべくもなかったかなと。
富士山は、ツマラヌ山であります。あの山は、べったりしたところからにょっきり生えているという以外に取り柄のない山です。まったく、頂上の神社の境内にみんなで詰めかけて、君が代を聞きながら朝日を拝むという以外に、何を見ればよいというのか。私は何よりも、眼下の雲海に日光の充溢して、雲の切れ間から光の筋が下界に落ちているのを見てためいきがでました。
ご来光が無謀な登山をさらに無謀にしているとハコフグマン氏は申されます。ですが、第一、遭難するのは無謀な登山者がバカなのであって、バカは堂々死んでよろしいと、かつての自分であれば思うかもしれません。
ツマラヌ山でありながら、れっきとした山なのです。私は完全装備でした。登山靴、厚手の靴下はあたりまえ。砂が靴の中に混入するのをふせぐガード(タイツと呼ぶのですか?)も着用です。服はユニクロ、じつにこれがよろしい。デザインは基本的にクソであっても、生地はよく考えられてあります。ヒートテック、ドライ素材、軽く、薄く、汗をかいても比較的すぐに乾いてくれるので、旅にはユニクロが必需品です。さらに私は、寝袋まで持っていこうとしたのであります。御殿場まで持ってきて、やっぱりこれはいらないと思って、郵便局から家に送り返したのでありました。
37リッターのリュックの、寝袋が入っていたスペースには、かわって2リッターペットボトルが2本詰められました。オレンジ、チョコレート、飴、干しマンゴー、あとおにぎりなど買っていれてありました。
友人2人と3人の旅路、私はさすがにこれだけの装備をしただけあって、消耗は少なかったのです。友人たちも水をもってきていましたし、それでも彼らのは少なかったので私も分けていましたが、やはり装備もあってか、1人はたいそうバテてしまっていました。
時間的な計画こそ富士山の悲劇を招くというハコフグマン氏に対して、私はむしろ、無頓着な装備こそ黒幕であるといいたい。初心者登山者がバカであるという点で、ハコフグマン氏も私も意見の一致を見るのでしょう。バカがバカだからといって、頂上で君が代を聞きながらご来光を拝むというほかに取り柄のない山から、その唯一の取り柄を奪ってしまってよいものなのでしょうか。
追記)計画の巧拙と装備の多寡は相反することではないと、twitterで@shokou5氏から指摘を頂きました。未経験の状態での登山は危険であり、危険を冒してまで登山して遭難することは登山文化を危うくするということで、全く同意します。基礎体力と経験はある程度あるのが望ましく、その上で十分な準備と余裕ある計画を立て、登山する個々人が敬虔と興奮を覚え、文化が継承されていくことは私の願いでもあります。