小さい男であった
こうみていくと、玉の輿狙いの女性たちの生き方、競争社会とのかかわり方は、前向きであると同時に、もろさと背中合わせでもあるのである。
(pp. 96)
私は1年ぐらい前に「なにをしていいかわからないときは簡単なこと(=実験)から、なにをすべきかわかっているときは難しいこと(=実験)からやる」という規範を見出し、それはそのときはたいへん役に立った。実験、研究という活動の中で、自分が次に何をするか、わかる人もあれば、ただちにはわからない人もある。「優先順位をつける」という規範は、確かに重要なのだけれど、その規範をもう一つブレイクダーンする。優先順位は必要性と所要時間によって決定される。そもそもが横並びだというときがあって、そのときは、所要時間の長いもの≒難しいことと考えて、ジャストインタイムのカンバン方式になる。一方、必要性という軸そのものがまだ経っていないときがある。索敵の時間である。このとき、所要時間の短いもの≒簡単なこととして、方向性を考える基礎にする。
ただここに至って、懐疑的にもなってきた。スケールが小さくならないか。それは、外部から飛び込んでくるものでもある。
旅館の女将を目指す女性たちが多いという
若者はファミレスやコンビニのバイトでマニュアルに慣れきっている、旅館の女将は着物姿が素敵、という話を受け、
こういったことに加えて、女将の仕事は役割が明確で、やるべきことがはっきりしているという点があげられる。また、襖を開けるのにも、お茶を入れるのにも「おもてなしの心」に裏打ちされた美しい型がある。
という。
禅寺でちょっと坐ったことがある。5日間ぐらいだったか。曹洞宗だが、モロに生活の技術、マニュアルだった。