ウェブサービスの変遷・解消とは?

ほとんどmixiにコミットしなくなってきた。
はてなにもそうだ。
かわりにtwitterに大いに入り込んでいる。きのうはオフ会に参加した(ありがとうございました)。ウェブ歴はもう10年になるけども、オフ会はこれがはじめて。小規模で良かった。
2ヶ月前か、私がtwitterに入った頃、入りたてのそのウェブサービスに対して「いつまでこのサービスが続くのだろう」などと思った。それは一面では、まだ馴染めずにいた自分の戸惑いだった。抜き足差し足で、いつか戻ってこれるような自分の姿を確認しながら毎日すこしずつ発言をふやしていったのではないかと思う。
私が念頭に置いていたのは、はてなにおける有力者たちの変遷だ。私がはてなに入り込んだ頃、いま実名匿名問題で渦中の人となっているブロガーは飛ぶ鳥を落とす勢いで、継続的に中心人物であった。それが今や、どちらかといえば「もう就職したからウェブからは足を洗いたいので勘弁してくれ」という姿勢でおられる。個人の人生設計の話であって傍観者がなんの口を出すことでもない。彼の発展的撤退を惜しむ人はあったのだろう。私はそれほど惜しい人材とも思わなかったので儀礼的も糞もなく無関心だった。
同じようなことはキャンパスを歩いていても思う。先輩たちが消え、同期たちが消え、後輩たちが消えつつある。寂しいことだ。私の心地はそれでも、彼らが戻ってくること、いや端的には彼らの子供たちが長じて、象徴的に言えば彼らの遺伝子がキャンパスに戻ってくることを期待して、それまでこのキャンパスの火を絶やさない、できれば焚き付けようと固まっている。大学という営みはそうこうして西洋において数百年、日本においては近代は130年という時間受け継がれている。
そうだちょっと脱線するけども、学校、と、試験、というのが結合せられたのは、19世紀プロイセンの参謀将校登用の過程で登場したのだそうだ(W.
マクニール「戦争の世界史」)。これは目から鱗だった。つまり、革命フランス軍が有した圧倒的な団結の強さを前に、戦争を近代的な、知的な過程として処理する必要が認識され、能力主義が求められた。平時であっても教育機関によって最新の軍事知識を修得しなければ他を圧倒できない。そして、学校と、効果測定としての試験が導入された。モルトケらが体現したように、この教育システムは近代ヨーロッパにおける組織について1つの完成されたモデルを提示した。完全にインテリジェントな参謀将校の誕生であった。修道院=大学から続く学校の伝統はあった。科挙のように試験の伝統もあった。しかし両者を重ね合わせたのはプロイセンだった。
そうした数十年数百年のオーダーで存在するサービスに対して、ウェブサービスはたかだか20年のものでしかない(含むパソ通)。っていうか今しのネト充パソ通知らんのでしょ。私はもう最後っ屁みたいな、明石の天文台にアクセスしてみていた。2400
bpsのモデムだ。たしか無料だったのである。NIFTY-SERVEやらいろいろあったはずだがすべて実質的に消えていった。これは変遷の中で不要になりうち捨てられていったものだ。
ではこのあとmixiはどうなっていくかということを考えたい。mixiは飽和状態なのではないか。たぶんユーザが減っているということはない。ただユーザが減らないということはいささかも楽観要因ではない。なぜならば、ユーザのアクチビチーが低ければそれだけジリ貧だからだ。私のアクチビチーはそうして下がっている。
twitterもいまでこそオフ会など開けたりする。けれどこれから日本語化によって人数が爆増する懸念を口にする人は少なくない。feecleなんかをみてて、日本語だからといってユーザがどっと流れ込むということは無いような気さえしてしまう。そんな変わらんだろ。