諸君 私は 山形浩生が 好きだ

私は山形浩生信者である。
ネットにちょぼちょぼと触れるようになったテレホ時代の1999年頃。俺は、先達として野口悠紀雄にいざなわれ、ネットサーフィンをしていた。野口悠紀雄オンラインのリンク集をたどっていたが、当時一介の地方在住「趣味は読書。」の高校生に過ぎなかった私は、自然な流れでproject gutenbergとonline booksを、読めもしないのに徘徊した。
そのリンク集の中に「いまだ小規模ながら日本語でも……」として上がっていたのが青空文庫だ。その頃、プロジェクト玄白も知ったと思う。おそらく青空文庫関連だったと思うが、どう関連して私がどう引っかかったのかは忘れた。
山形浩生を知ったのは、だから、ネットを通じてである。その後、まず新教養主義者宣言が出た。
私もほだされて翻訳などしてみようとしてみた。声を上げる勇気はなかったのでほっそりと、「フランクリンの手紙 (岩波文庫 赤 301-2)」にある「凧の実験」を訳した。本当に短い文章だ。
project gutenbergと並び立つすっごいいいオンライン図書館があったんだけどburnsandnobleだかに買収されて消えちゃったのよね。そんな事も思い出した。
高校時代そんなふうに山形にハマった。新教養主義宣言 (河出文庫)も山形道場(要するに (河出文庫))も出た瞬間に買って読み耽った。とはいえ、大学時代は時折ちらちらHPを見る程度だった。
そして就活終わっちまったりとか、学に骨埋める覚悟とかしてみて、最近またすごいと思い始めた。
コラム・エッセイも面白いが、何がすごいと言って、翻訳だ。
よく言われるような、話口調の文体などではない。山形自身がどう考えているかは知らないが、山形は自身の著作よりも、おもしろい洋書の翻訳のインパクトが強い、しかも【いちリーマンの身分で】←ここ重要。
リーマン、つまり学界にある学者でなく、「一般人」が外国の学を啓蒙書というカタチで翻訳する。日本にあって学者は、外国人であるか、もしくは単に外国の学を輸入するだけの役割だった。山形はそこに痛烈な皮肉をふっかけているわけだ。
各自思い出せばよいが、山形の訳した本はどれも基本書ばかり。基本というのも、議論の共通土台となるべき本。