マインドマップについて

マインドマップというのは、英国のトニー・ブザンによって開発されたノート記法だ。
最初に中心概念をかく。中心概念に関連する概念を枝としてかく。あとは、各々の概念に関連する概念をかきながら枝を広げていく。中心概念が核になり、そこから概念の枝が広がっているように見えるマインドマップノートは、樹を描いた絵のようにみえる。だからマインドマップを「かく」というとき、「書く」というか「描く」というか迷ってしまう。マインドマップには文字と絵の区別はない。言われてみれば、たしかに文字と絵をきっちり区別して考える必要もない。自分が意のままに表現するためにいちばん適したやりかたをとればいい。こういった束縛をうまく飛び越えているようにみえるから、マインドマップはちょっとうまい方法であると私は思っている。

マインドマップの蘊奥はTony & Barry Buzan, ” The Mind Map Book (new edition) (Mind Set)”にまとめられている。図版多数のちょっと大部な本だ。とはいっても、マインドマップも方法論としては「中心概念から」「絵を描くように」「概念の枝を広げていく」という以上のことはない。シンプルだからこそ汎用性が高いともいえる。
邦訳

ザ・マインドマップ

ザ・マインドマップ

主に発想術と記憶術として使われているようだ。学生たちは講義録や読書ノートとして試験勉強のために使う。また論文やレポートのような作文を念頭に置いた、アイデア俯瞰やアウトラインプロセッサとしてマインドマップに興味を持つ学生もいるようだ。これがビジネスパーソンになると、プレゼン・新企画のアイデア出しや、会議の議事録になるともいう。ひょっとすると発想と記憶というのは同じ行為の両面で、たまたまマインドマップの性質が発想したり記憶したりする行為にあっているのかもしれない。

方法

かくための方策としてもっとも単純なのは手がきだ。横長の大きな紙に色ペンでかいていくのを原典は推奨している。A3以上が望ましい、と思えばいい。@raituは先輩から「マインドマップはこうだろォオオ!!」とA2判の紙と多色組のペンセットを渡されたとか。もっとも、A4のコピー用紙でも用は足りるし、もっと小さくてもかくときはかく。私はマインドマッピング訓練の頃は、たくさんの色ペンとA3のコピー用紙を用意してただひたすらかいていた。何枚かいたかは忘れた。
ソフトウェアもかなり豊富に用意されている。Windows/Macなど構わず提供されているマルチプラットフォームである上に無料のソフトとしてFreeMindが良く使われているようである。私自身は、FreeMindが中央から出す樹形がカニの足のようにしか見えず、好きではない。あとで述べるように、放射状であることに一定の重要性を認めているからである。

MindManager Lite 7 日本語版 シングルライセンス

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それで長い間使ってきたのはMindManager (Win)なのだが、これも最新版ではない。最新版は数万円する。そんなものは使っていられない。絵やなんやかやを入れる機能が充実しているらしいが、そんなものはいらない。私がほしいのは単純に、ショートカットキーでさくさくと枝を伸ばせるシンプルなツールだ。これは別にかくように「カラフル」ということを切り捨てるものだ。それでもここではブレインストーミングの大原則のうちのいくつかを思い出してほしい。アイデアを取り出すための障壁を下げるのが至上命令であると。文字をかくための障壁として、タイピング<手書きでありうる。これは訓練による。いろいろ書いたけれど、私が使っているのはMindManagerがまだMindManという商品名だった頃の「MindMan personal ver3.0e2」である。これは現在ではもう公式には配布されていない。1998年のソフトだが、いまのWindows XPでも使える。Vistaでは面倒だったが使えなくはなかった。ほんとうに「枝を出す」「文字を入れる」あとは「枝の間に両矢印で関連を示す」「ほんのり色をつける」ぐらいしか機能がない。けれどタダだ。私は中国だったかドイツだったかのうpろだで落とした。たしか再配布は禁止されてはいなかったと思う。利用される方は自己責任でお願いしたい。*1というか、これの存在がなかなか公にされないというのは、何か圧力がかかっているのだろうか。
あと、最近NBオンラインの佐藤信正「今日の仕事のコツ2.0」でiMindmapというソフトが紹介されていた。これはマインドマップの開発者であるBuzanが公認したというソフトである。たしかに良さそうでもある。しかし、私は使ったことがないので、わからない。
Buzan's iMindMap日本語版スタンダード・エディション

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コツ

細かいけれども意外に重要かと思える注意点として、

  1. カラフルにかく
  2. 概念を短い単語で、きれいな文字で書く
  3. かき直しをおそれない(積極的にかき直す)

ということではないかと思う。
カラフルにかくことで記憶にも残りやすい。枝の間の重要性を判断し、判断した結果をそのつど明示していくことで、判断の精度を上げていくことができる。齋藤孝の「三色ボールペン法」のようだともいえる。
概念を短い単語で書くのは、マインドマップがもともと英語で発案されたことに由来しているようである。発案者のブザンは当然ながら英語圏で生まれ育った人間であり、それ以外の言語のことなど考えないでノートのかき方を考え出しただろう。そのように「英語」という個別・特殊な言語の影響を受けているとはいえ、「枝に付与する単語は短いほうがいい」のは膠着言語である日本語でもきわめて示唆に富み有用な教えだと思う。概念を表すのにいちばんグッとくる単語を当てるための、非常にいい訓練になる。単語を結晶化させる(津田久資「超」MBA式ロジカル問題解決)という言い方もできるだろう。
かき直しをおそれないで積極的にかき直すのは正直なところ楽ではない。面倒だ。だが盆栽を考えてみるとよい。一本の苗木を放っておいても天然の大樹を思わせる堂々たる枝振りの鉢植えを育てることは不可能である。芽を摘み、枝を曲げて、何年もかけて望む形に仕立て上げていく。当然、個別のビジネスや勉学に何年もかけるというのはほとんど考えにくい話だ。だから、これは比喩だ。だが、絵画のデッサンであればどうだろう。デッサンではいくつもの線を鉛筆で試みる。画家はデッサンの中から「これ」という線をえらんでいく。ちょうど同じように、概念間の結びつきを「これ」といえるものがみつかるまで探し続ける。当然、考察の深度によっても結びつきは変わってくるだろう。その意味でマインドマップはきわめて主観的なものだ。

しかし、マインドマップは読みにくい

マインドマップが一般に「主観的」であるために、自分のかいたマップは他人にとってはとても読みにくいものだ。マップが枝を広げれば広げるだけいっそう読みにくくなるだろう。読者は「どうしてこの幹からこの枝が?」とつまずく。かき手にとっては自然なつながりも、読み手にはひどく不自然に感じられることが多いはずである。この状況を克服ために、かき手・読み手それぞれに別の方法がある。
ひとつは、読み手がマップを「なぞる」ことだ。中心から外側へと幹、枝を丹念に写してみる。「写経」である。古来、「勉強」というのは「写経」と「誦経」につきる。学の体系とは知識=概念=思考法の総体だと思っているかもしれないが、知識とは詰まるところ「その概念を提示されたときに自分がどう感じるか」だと心の中で思っている。これは私がかつて英単語の記憶について述べたことと通じている(単語を覚えるときじぶんの感覚をだいじにする - 殺シ屋鬼司令)。英単語の暗記は、意味を暗記するよりもまずその単語を初見で「いい」と感じるか「わるい」と感じるかを大事にするべきではないだろうか、と。知識の総体、学の体系を「なぞる」ことで、概念間の関係をそっくりそのまま自分の中にコピーしていくイメージを持つ。
もうひとつはかき手の努力になる。かき手が何らかのルールのもとにマップを構成していれば、可読性は非常に高くなる。これはかき手がつねに同時に読み手としてもふるまうことを意味する。具体的に如何なるルールに従えばよいかというと、多くの場合はMECE、すなわち「もれなく、だぶりなく」のロジカルシンキング*2でいいだろう。MECEロジカルシンキングについては「考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則」に詳しい。カテゴリのレベルをあわせる(ニューヨークからアメリカ合衆国には行けない)。あるカテゴリの中に含まれる概念は「もれなくだぶりなく」排列される。カテゴリからサブカテゴリへと枝を広げていき「イシュー・ツリー」を構築する。So What/Why so, 云々。いや、この手順は私も忘れてしまったので、みなさん自身で確認されたい。普段のマインドマッピングでこんな可読性を気にする必要はないのだが、もしも人に見せることを考えていくのであればこうした配慮をしていくのが望ましいし、MECEという「技」は身につくならばつけておいて決して損はないだろうと思う。私自身もMECEをモノにしたとは言い難い。時折こころがけている程度である。それでも私自身はMECEこそ現代の教養のひとつとしてふさわしいものであると思うし、現にそのようにしてビジネスの場に蔓延しているようである。ようである、というのは、私はビジネス界に出たことがないからわからず、諸々の友人や記事から仄聞するのみである。

私説・日本マインドマップ小史

日本でマインドマップが大々的にブレイクしたのは2004年頃だったと思う。友人GUCCIが卒論執筆に際して「マインドマップって、ハマヂやっとったよなあ……」ときかれた覚えがあるからである。その時期、世間でも話題だったように思う。しかしながら、それ以前からちょぼちょぼとすでに日本には紹介されているのである。
おそらく、最初期の紹介は東京出版刊「トニー・ブザン 頭がよくなる本」だと思う。これはマインドマップだけではなく、食事の大切さなどが書いてある。でも、地味だった。それで、おそらく一部の人にしか受け入れられなかったのではないだろうか。これは私にはわからない。
かなりセンセーショナルに煽った例としては、2000年のきこ書房刊「人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考」だろう。原典The Mind Map Bookの部分訳・超訳だ。私自身もこの本で知った。2001年の暮れ頃だったと思う。この版はある程度売れたようだ。けれど、原典をすでに読んでいるひとたちが「こんなのはインチキだ、ショーバイだ」という声をAmazon.co.jpで上げた。私もそれで「ああ、ただのセミナービジネスのための本に仕立て上げられてしまっているんだ」と知り、原典を買い求めて読んだ。2002年頃のことだ。
その後、また別の商売人がマインドマップに目をつけた。それが神田昌典だ。神田はまず「フォトリーディング」を売った。これについてはかつてこのブログでも書いた(フォトリーディング雑感 - 殺シ屋鬼司令)。このフォトリーディングの手法の一部として、マインドマップは組み込まれている。それで行きがかり上マインドマップも紹介することがよかろうとなったのだろう。ダイヤモンド社刊「ザ・マインドマップ」が出た。2005年のようである。これはあくまで原典に忠実に訳している。セミナービジネス臭も薄まっている。いまでは各種のLifehacks書やサイトでマインドマップが紹介されているので、みなさんご存知かと思う。

マインドマップのメカニズム

原典は「脳が放射思考を求めているから」という。中心から端へと広がっていく形を「脳が」望んでいるのだという。私はこの考え方にはどうしてもなじめない。納得できない。私はもとより「脳が……」という言い草が嫌いだというのもある。脳は主語にならないだろう、と。ではいったいなにがいいのか? 私は個人的に5年ほどこの問題を折に触れて考えていた。そしてようやく最近になって、非常に単純な説明を思いついた。ひょっとすると周知かもしれない。

それは「かけば・かくほど・かくスペースが広がる」ということだ。一般に、大項目というのは少数で、小項目になるほど多数出てくる。それで幹―枝―葉という関係が立ち現れる。このときに、ひとつの幹には多くの枝がつき、その枝ひとつひとつからまた多くの枝が出て分岐していくといえる。詳しく書くときにはその分だけスペースが必要となる。そのときに、通常のノート記法のように長方形を埋めるように書くのではなく、マインドマップを外側に広げてかいていくのなら、外側というのは常に定義上白紙であるから、かけば・かくほど・いっぱいかくことができる。しかも、中心と幹の間の距離は短く保たれたままである。通常のノート記法では、書くことが多すぎていっぱい書いてしまった大項目がときどきできる。その次にきてしまう大項目と、最初の語りおこし、つまり、メインテーマとの間の距離がずるずると離れてしまう。マインドマップは、この惜別を回避することができる非常にうまい方法なのだ。
最後になるが、@chanm さんが、樹状はめんどい、と仰っていた。それは確かに一理あって、網状の図を書くひとが時々ある。ただ、原典ではこれは明確に否定されている。「どうすればいいか」のようなFAQは示されていないはずだ。この網状の図ができるというのは、概念を連想していくとどうしても網状の堂々巡りになっていくことにつながっていると思う。ただ、そこをこらえる。概念が何度登場しても構わない。または上述のように、何度でもかき直す。白紙の大海へと自分の触手を伸ばしていく。
紙の白紙部分は「思考のための養分」だと思える。

執筆メモ

*1:コツを言っておくと、日本語化するためには、インストールしたソフトのフォルダの下にテンプレートがあるので、それをいじる。どういじるかというと、日本語フォント(MSは無理みたい)を空のマップファイルに設定しこんでやって、上書きしてやる。

*2:数学者マツオ君によれば「それはシステマチックシンキングというべきだよ」ということになる。この意見は非常に誠実なもので尊重すべきである。ただし、一般に「ロジカルシンキング」と呼ばれている。だからここではあくまで「ロジカル」で通した。