考えるために必要なことはすべてアマチュア無線から学んだ(のかもしれない)

今朝、「アルファブロガー」という本に入っているfinalventのインタビューを読んでいた。
そこに情報収集の一環としてラジオを重用するという話があった。ラジオを聴いていて、気になった事があればネットで「増幅する」と。この「増幅する」という言葉使いに、違和感があると同時に納得した。懐かしさと言ってもいい。そして、その時の私の反応それ自身に、驚いた。
「増幅する」という言葉は、思うに、そこまで日常的な言葉ではない。文脈にあってはむしろ「ネットで関連情報を集める」という言い方のほうが、広く使われているだろう。仮に何を増幅するのかと考えれば、自分の中での重み付けか。当該の案件に関する知識を収集することで、意識を高めるということは誰しも日常的にやっていることだ。それを「増幅する」と形容するのは珍しい。日常的に我々が「増幅する」のは、怒りや憎しみのような主観的な激情に多い。客観的な知識・情報を「増幅する」のとはあまり言わない。
増幅。Amplification. 日常語にあっては音響機材である「アンプ」でもなじみがあるだろう。ただ、ここでも、「アンプをかます」という用例があっても、わざわざ「増幅」という言葉を使わないのではないだろうか。「音量を上げる」という具体的な言い方に流れるのではないだろうか。
私が馴染んできたのはこの領域の近く、「電気信号を増幅する」という言い方のほうだ。それがアマチュア無線を通じてだった。アマチュア無線技士は国家試験資格で、1級から4級まである。エントリーレベルである4級は、ワンパターンで簡単なペーパーテストに答えるもので、年齢制限もないので暇な小学生や中学生のガキンチョが取るということは珍しくない。私もその例に漏れず、小学校6年生のときに4級に合格、中学校2年か3年で3級に合格した*1。「技士」なので、無線法規と無線技術の両方の科目がある。無線技術のところで、送信機や受信機の回路に関する知識が問われる。ここで、電気信号を増幅するという話が出てくる。トランジスタ回路の入力から小さな信号を入れると、増幅された出力が得られる、云々。それはアンテナを介して送受信される電磁波であったり、我々の肉体が感知しまた発するところの音波であったりした。後者で用いられるのがいわゆる「アンプ」になる。オーディオコンポにつながったラジオチューナーをイメージしてもらえるといい、というか、私は無線の心得が(はるか昔のことながら)あるので、ラジオ=無線という等号は頭の中に厳然としてある上にリアルに感じられ、皆さんがオーディオコンポにおけるラジオチューナーをどのように考えていらっしゃるのかわからない。少なくともラジオチューナーの出力の段階では非常に微弱であるとはいえ、(大雑把に)音になっている。これを大きくしてスピーカーをブイブイ言わせるのがアンプの役割である。本エントリは、このリアリティが皆さんの中にはひょっとして無いのではないか、そしてそれは思いのほか重大なのではないかという問題意識をfinalventから(「デムパ*2」として)受け取った、という話である。
というのは以前、finalventTwitterでこのように発言していた。

アンテナの指向性について考えるなら、皆さんもよく目にする事がある屋根の上のTVアンテナがなぜ金属棒がいくつも並んでいるのか思い浮かべていただきたい。あれのうち1本(に見える1対)が実際に電波をチューナー回路にケーブルを通じて伝達している。その他の金属棒は、光を凹凸レンズが集めるように飛んでいる電波を濃縮するために設計されている、というイイカゲンな覚え方をしている。
携帯電話なども電磁波を送受信している。全くのイメージで言うと、あちらは基地局がわりと密に配置されているイメージがある。指向性をつけるためのアンテナは嵩張ってわざわざ持ち歩けない。でも、窓のあるほうが電波が入りやすい気はする。これは指向性という話と近い。電波の話を離れていうと、我々の視覚や聴覚といった遠隔感覚もこういう指向性がベースにある。眼球も耳も鼻もアンテナである。
あと、基本的にアンテナに入ってくる周波数の幅は広い。FMラジオのアンテナだったら、だいたい76 MHzから100 MHzちょっとまで受信している。そこから目的の局(周波数)にこまごまとチューニングして、たとえばTOKYO FMなら80.0 MHzだけを取り出す。ここで「取り出す」というイメージが技士としての要件だ。コンデンサーとコイルによって、目的の周波数以外をカットする回路はフィルタである。Googleで検索ワードを入れるのもフィルタだ。条件を厳しく設定すれば電気信号も検索結果もきれいに得られてうれしい。雑踏の中でも自分の名を呼ぶ声には反応するというカクテルパーティ効果も似たようなものだと思っている。
以前、脳についてダラダラとustream.tvで話していたときに@monado (HatenaのIDはleibniz) からチャットで、脳はデジタル回路かアナログ回路かという質問を頂いた。当時私はそれを考えたこともなかったので、脳=コンピュータという謬見とか、All or noneというおぼろげな記憶に引きずられ「うーんデジタルかな」とその場で言ったのだが、よく考えてみてそんなバカなこともないというように思った。きっと脳はアナログ回路として表現するのが妥当だ。1つの神経細胞樹状突起には、多くの神経細胞の軸索を経た神経終末がワーラワーラと集まっている。この神経終末-樹状突起カップルがシナプスである。シナプスで作用するのはゼロかイチかの電気信号ではなく、神経伝達物質の放出と検出、つまり化学物質の移動というモロに泥臭いアナログな作用である。

ということは、スパイクを出すか出さないかというのは神経にとってムチャクチャ重要な決定なわけ。でも逆に言うと、神経細胞ってすごく単純で、スパイクを出すか出さないかしかない。「1」か「0」の信号なんだよ。コンピュータとすごくそっくりじゃない。コンピュータも「1」か「0」でしょ。そういうところはコンピュータと似ている。ただし、神経ではその「1」か「0」の決まり方があいまいなわけだ。

回路という捉え方をするようになったのは無線から派生的にはじめた電子工作の影響である。中学校の頃は、秋月の回路図集を買って一日中眺めているとかいうこともあった。その経験が、スタティックな世界像の原型を私に与えた。入力した信号を処理して出力する。そんなシンプルな理念モデルをfinalventも持っているのではないかと、インタビューを読んだあとテクテクと出勤の途上に思った。
少しこまごましたところで言うと、たとえば私の覚えているところでは、アマチュア無線を使って、暗号通信をしてはならない。Tumblr.でもreBlogが廻っていたけれど、外国と通牒して日本国に戦争を仕掛けさせたら、そして未遂でも、死刑なのだそうだ。スパイ・諜報は一国の根幹に関わる。さあ、これはアマチュア無線、つまり、民間に広がった世界通信枠である。無線は暗号通信が出来ないわけだが、一方で、暗号通信が行われている通信が存在する。インターネットだ。インターネットは米国が(というより軍が)開発してイニシャチブを取って全世界に広めたものだ。そして米国が率先して暗号通信を進めているということだ。この意味で、世界は全てアメリカなのだ、とのたまった外山恒一は正しい。
インターネットが軍事技術のスピンオフであるのと同様に、日本電子立国の戦後を支えたソニーのような企業の背景にも、軍需産業に借り出されていた技術者たちが敗戦で行き場を失って始めた経緯がある。これは世界最強の戦闘機を作っていた技術が敗戦後航空機の開発を禁じられて自動車の開発に回ったのと同じだろう。戦争という舞台における無線の感動は、改めてこの前漫画「皇国の守護者」を読んで思い知らされた。このとき、戦争のための無線技術から商業化というのは紙一重なのだという事が技士としてよくわかる。
あと、アマチュア無線で会話するのは緊張した。私はその緊張に耐え切れずに、通信したおす前に投げ出してしまった。局免/コールサインも失効して久しい。そこを私がいま振り返って、ブログとかtwitterも同じようなものだと思う。どこか遠くに人がいる。知らない人同士が喋っている。ただ、そのための敷居はずいぶん下がった。メールとかも気軽に打つひとがある。すごいことだ。10年ちょっと昔はFAX(もまだあまり普及してなかった)や電話だったし、20年などさかのぼれば電子メールを送るのにコンピュータの前に正座でもしなければならなかっただろう。
要するに、いろいろな現象を私はおなじ視線で見ている。それはいくつも視線を分けるのが面倒だからだ。最初から私はいつもなんでもアナロジーでしか考えられない。分子生物学の遺伝子ネットワークも、大きな電子回路としてみている。もっとデムパな話では、ソシュール言語学の「シニフィアン-シニフィエ」という対概念も、電磁波の伝達や、量子力学における不確定性原理に重ねて見ている。間違っているに決まっているので詳述はしない。
裏は取ってないので各自増幅していただきたい。やっぱりマインドマップはない。

ぼくらの鉱石ラジオ

ぼくらの鉱石ラジオ

*1:ちなみに英検も中学校1年のときの3級止まりであり、たいしたことでもなく、TOEICも受験から3年経ち、有効期限2年を超過しているので書けない。それで履歴書の「資格」欄は自動車運転免許AT車に限るだけ、涼しいものである。

*2:ちょっと頭のおかしい妄想