はじめよう。終わらせるために。

俺は昨日GFPの中の人がノーベル賞を取ったのでモチベーションが上がっている。
「下村先生はアホほどクラゲをとったんだ! ならば俺だって、アホみたいに培地をいっぱい使ってアホみたいに実験してやるぜ!」
呑気なものだ。調子のいい男だ。
何をするかというと、F1娘株19株の戻し交雑だ。単純にフラスコを少なくとも19本はadditionalに使うことになる。普段そんなに使わないし、ということは場所もそんなに使わない。しかしラボのフラスコ置き場は限られていて、周りの人に「いいですか…ここ使ってもいいですか……」と聞いて回って頭を下げて回っている。本当に皆さんお世話になっております。
ただ、頭の中にときどき「傍若無人」という言葉が明滅する。私は肯定したいと思いつつ、私は否定しなければと思っている。叫ばせろ。でも叫んだら狂人でしかない。俺は狂人にはなりたくないから、一生懸命人の居るところでは押さえている。エレベーターの中でだけ、歯を食いしばり、乱舞している。実際、エレベーターはゆっさゆっさ揺れるので、押さえている。
頭脳流出というより、この国は、私にとって狭すぎる。狭くないか? 狭いというのは精神的にではなくて、物理的に狭い。高校時代か、勉強していて何かの問題が解けて嬉しくなって実家の中でスキップしていたら鴨居で頭をぶつけて頭を抱えた事は何度かある。
この戻し交雑も一年前からpendingである。ちょうど1年ほど前に取ったF1株で、有性生殖活性が低下していないか心配である。これは博士論文のデータになるかどうかはわからないけども、その次のカードである。生物学を専攻する大学院進学における研究室選択 - 殺シ屋鬼司令でも書いたように、院生時代の論文は一本百万円の価値があるという。trivialなゴミ論文を書いてもという意見も根強くあるのは意識しつつも、私は現在は師匠の言葉、とにかく論文の数が重要であるというのをひとまずは信用している。
pendingだろうがなんだろうが、失敗したらまたF1娘株を作りなおせばいい! というのはちょっと安直に過ぎるかもしれないけれど、時間が経てば生殖能力は低減するのは自明であり早くやっちまわないといけない。
やると言った作業はやらなければいけない。やりはじめた作業は失敗であれ成功であれ、何らかのかたちで終わる。だとすれば、やると言った作業は、少なくとも、やりはじめればいいのである。
この辺が「ハマヂはやっぱアタマデッカチだよ、やっぱ」と昔研究室でお世話になった先輩の言葉の真意だ。
俺はやっぱりPさんの姿勢、どんなくだらないことでも「ちょっとやってみる」、彼はアメリカ人なので Just take an easy look とか彼は言わなかったけど、とにかくちょっとやってみようじゃんよ。Pさんとか、「ボルボックスの休眠胞子はオートクレーブ(加圧加熱)しても死ななかった」なんてウソみたいな話がインドの病院で報告されたりしたら、あろうことかそれを実験してたよ。培地の入ったフラスコにボルボックスの休眠胞子を入れてオートクレーブしてた。俺感動した。先輩に言ったら先輩も感動してた。結果? トーゼン坊主さ。クマムシだかRNAseだかじゃあるまいし、オートクレーブしても生きてる訳無いじゃんよ。何のためにオートクレーブで「滅菌」するのよ。でも、そこを敢えてやってみるという姿勢こそ、実験科学者としての姿勢として一つ尊重すべきだと思う。ここまでのことはきっとないから、ある程度計画のある実験だったら、なんか結果出る。その先は結果が出てから考えることだ。
といって今週はPCRに失敗ばかりしたんだ! 仕方ないのでちょっと量は少なくなるけれどchromosomal walkingのプローブ用に、shotgunで吐き出されたフラグメントのconstructをベクターから切り出す事にした。これでもプローブ用DNA断片の必要量は満たしているようだったのでほっとした。やっとだ。新しいchromosomal一歩だ。
腹が減った。私は腹が減るとゴミみたいな事しか考えなくなる。
いまから秋葉原に行く。