殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

祭には生け贄が必要

あなたはどんな気持ちで人気エントリを読んでいますか。
私はいつも背徳的な気分で読んでいます。話題のエントリは、人の心を陰に陽に踏みにじる行為に満ちている。
今年、というよりこれまで私が書いたエントリで一番関心を集めたのはRirikaの思い出:「はてなアイドル」の系譜 - 殺シ屋鬼司令でした。ちなみに、はてなブックマークのトップページから「アイドル」で検索すると、上から3番目にこれが出ますので、アイドル系ブロガーの方々は是非力作を書いていただき、件のエントリを押し流していただきたいと存じます。
これ、書きそびれたのですが、根幹にあるのは林達夫の言葉でした。

女のひとは学者や芸術家と文通するという遊びを一般に好むものである……特に最も深刻な問題で。
林達夫「邪教問答」『歴史の暮方 共産主義的人間 (中公クラシックス)』所収

つまり、林がいう「女のひと」に、はてな村で有名な女性を当て込んで「はてなアイドル」を醸したのでした。いうなれば私はこの女性らを生け贄にして、ついでにその取り巻きも付け合わせにして、関心を集めることになったのではないかと、いまにして思うのです。
ではその直前に書いたtwitterについて - 殺シ屋鬼司令が何かを生け贄にしているのか。自分自身がtwitterとともに過ごした半年間の経験をtwitterに対して捧げたのでした。
今年はブログ「空中キャンプ」id:zoot32をちょこちょこ読むようになり、エントリが更新されるごとに私は感銘を受けてしまう。「空中キャンプ」の特色としてはやっぱり、ほとんど貶さない。紹介している作品のいい所を見つけだしたり、作品がいちばんよく見えるようなところから光をあてているから、たとえば私が「この作品で高評価はナシでしょー」と思った作品であっても、「空中キャンプ」の記述はすっとこころに入ってくるのでした。低い評価をつける時も、自分自身の視線からであることが明確で、やっぱりすんなり受け止められる。
でもこれはとても高度なワザだ。はてブあるいは匿名コメントの性質として、自分のアイデンティティに傷が付かないかのように幻想できるツールである以上は、悪意に悪意が乗っかっていく。「スルー力」という言葉でさえ紛う方無き悪意のカマタリだから、収まることを知らない。
そうしたことを今年ようやく学んだ。
今宵、あなたは誰を生け贄にしてエントリを書きますか?