WAR IS OVER

一年ほど前に、友人と現在の戦争について勉強していた。
軍事オタクによる神の宿らない些末な細部への偏愛ではない。平和主義者のように戦争や軍事に関する話題を暴力的=ダメと一括りにして抑圧するのでもない。かといって無視していい問題では、決してない。包括的な知識を通じて結論を探そうというモチベーションではじめたものだった。
そうして見えてきたのは「戦争は終わった」というリアリティだった。
戦争について知識を得るまで、経済の発展って究極的には軍事なしにはありえないんじゃないかという疑いを拭えなかった。*1
その頃ちょうど「戦争の経済学」が出版されて、で、それに呼応してid:shinichiroinabaがいろいろと軍事関連の本を列挙していた。そのリスト+そのほかを愚直に読んでみようじゃないの、といって始まった勉強会だった。
戦争の経済学はさっくりと「軍事で経済発展するのとかは朝鮮戦争で終わりなのよ」と斬っている。なぜかというと、それ以後は常備軍とそれにガッチリ結びついた産業が織り込み済みになって、戦争における伸びしろが無くなってしまったからだ。
そうしたことも面白かったんだけど、穏和な軍国主義者だった私が、一気に(或る意味で傍迷惑な)民主主義者になったのは次のことだ。
ジョセフ・S・ナイJr.の「国際紛争」を読みすすめていてひとつの意見として触れられているのを見たのだが、民主主義国家同士が戦争をはじめることはほとんどない。一方で、「戦争の経済学」にあるのは、ツチとフツの間のように、民族対立に仮託されてはいても、実はその裏にある経済的不均衡と政治的な腐敗が国内紛争を引き起こしているという分析である。ここで自由に価値をおくと、経済的不均衡に焦点を当てるのではなく、外部からの介入によって政治的な腐敗を正すのが妥当である。腐敗が解消されるような制度デザインが、経済的不均衡の解消にも必要十分である。
核兵器は確かに人類全体に対する脅威ではある。けれど、冷戦のなかで、弾道ミサイルという究極兵器と潜水艦による第二撃を確立した2大国は誰よりもその脅威を認識し、「仲良くケンカ」する状態になった。トムとジェリーである。*2
民主主義国家間における強強度紛争は冷戦後姿を消した。
今後は、腐敗した国家に暴力をツッコんで民主化すれば、紛争は解消されていくだろう。

ブックリスト

戦争の経済学

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軍事学入門

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最新版 安全保障学入門

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軍事革命とRMAの戦略史―軍事革命の史的変遷1300~2050年

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  • 作者: マクレガーノックス,ウィリアムソンマーレー,MacGregor Knox,Williamson Murray,今村伸哉
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  • 発売日: 2004/06/01
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戦争の世界史―技術と軍隊と社会

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戦争請負会社

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補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO)

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国際紛争―理論と歴史

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そんな、クリスマス記念エントリでした。

*1:ざっと、20世紀の経済は主導業界が船舶→自動車/通信機器→情報産業と移行したと高校の時には思っていた。どれも、軍需産業のスピンオフである。船舶は軍艦だし、自動車も通信機器も敗戦であぶれた飛行機と無線のエンジニアたちが行く宛もなく有り余るテクノロジーをばかすか注ぎ込んだものである。コンピュータはそもそもロケットの弾道計算、インターネットも軍用ネットワークの払い下げである。そのあと世界はバイオとナノテクへと焦点を移していき、バイオテクノロジーが産業として成立困難なことはほぼ立証されてきた。きっと次は脳科学のスピンオフが出るだろうな、と思っていたら、どうやらでてきたらしい。

*2:弾道ミサイルがなぜ究極兵器かというと、1. 大気圏外を音速を遙かに超えて飛んでいく弾道ミサイルは慣性運動で熱を発しないため感知できず、しかも高速すぎて「発射認識→弾道計算→照準・迎撃」が不可能、2. 仮に間に合うとしてもそのようなエネルギーを注ぎ込める対ミサイル兵器は精妙な照準が必要なのに、落下時の弾頭は大気圏突入時に激しく振動する、3. そもそも弾頭は装甲車並に硬い。というわけで、TMDというのはニセ科学だということである。