すごい重要な指摘がインターネットに向いていないことに揚がっている。
「デジュール・スタンダード」(規定上の標準)という言葉を覚えた。必ずしも「デファクト・スタンダード」(実質上の標準)と対立するものではなくて、後者から前者への移行もあるけれど、既に規定されてしまったルールについては直接に原典・オーソリティにあたるのが近道だということだ。
そのページへのブックマークのコメントにはすこし首をかしげたり、解釈を補って読んだものもある。
- リテラシーだといえば確かにリテラシーで、ネットリテラシーを含む形でのおおきなメディアリテラシー。その実地での訓練が当該の記事であるし、はてなブックマークですね。
- 確証バイアス(自分の都合のいいデータだけフォーカスすること)は当該記事が書かれることになった原因。そこから、「判例(デジュールスタンダード)的には間違った回答がネットの人力回答でベストアンサーに選ばれる」という結果になり、広い視野から「ネットはデファクトスタンダードを探すのにはいいが、デジュールスタンダードを探すなら書籍に直接当たるのがちかみち」だという結論がでた。
- ただ、衆愚論ではないよね。かなり慎重に衆愚論に陥らないように注意して避けている。
ブックマークのコメントに揚がっていた「Web2.0の背景にある考え方」というエントリも読んだけれど、「Web2.0は真理の追求には向かない」というところで少し引っ掛かる。この点が、今回の「決まったルールを探すのには向かない」という意見が抜きんでるところである。
もちろん法解釈は決まったルールではないというのは原理的には確かかな。それでも、ある程度は既にオーソライズされているんでしょう。それを「規定の」と見なすのは自然なことに思える。