殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

きょうは寒いな

五月の可能性を臭わせながら四月の日曜日の朝がゆっくり時間を流している。
半分冗談で先週を、金曜日をやり過ごせないかもしれないとは思っていた。論文直しは依然として急かされている。書類の提出も多かった。
授業料免除の書類は文面は一昨年をそのままなぞった。細かい部分ではバリエーションもつけたものの、あの制度は家計状況の数字で結論が出て、申請理由については欄を埋めさえすればよいではないかとすら思える。修士まで一貫して落とされていたのが博士でお禄を食むようになってから、半額だが免除されるようになった。申請理由の欄の広大な白紙を前に頭を抱えて、少しでもお涙頂戴モノにしなくてはいけないのではないかと思っていた昔の私が馬鹿みたいだ。
金曜のゼミが終わって、「じゃあハマヂはことしはドライしかやらないわけ?」とポスドクに言われた。いや、クロモソマルウォーキングなのでウェットですよ、といったら、「あー、あたしの中ではそういうのはウェットに入らないんだ」と言われた。四文字語が頭に湧いた。それでムシャクシャして早く帰った。「どうぞご勝手に」としか言いようがない。
私はプログラムが書けない。書けないというより、プログラムを書くことで自分に何が可能になるのかというイメージがない。それは、慣れによって身につくだろう。そのイメージ、プログラミングの想像力というのが自分にないので、自分がドライをやっているとはいえないのを知っている。やっぱり「どうぞご勝手に」としか言いようがない。
ドライとは云えず、ウェットとも認められない。
やっている研究いや作業は単純で、知識が無くても進められるかもしれない。結構パズルっぽい。慣れると知識がいらなくなるのは確かだ。ただし、そのパズルの解き方は生物学の視界から見えてくるから、知識は必要ではある。
肩を竦めるしかない。