殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

銅鉄の学術博士

法則の『発見』(=抽出)と、記載の蓄積が、当然のことながらどちらかがどちらかの上に立つのではなく、また単に全然別個なのでもなく、互いに独立しつつもある関係を保っていて、いわば直交する、ということは、私の学問観の中心にあって、いつも頭に上ってくることなのに、例えば理学は役に立たないからいらないので工学に重点を置くべきであるとか、逆に物理学は万物の理法を明らかにするから偉いとか、それに類する話は枚挙に暇が無く、一方で役にも立たなければ理法も明らかにしない記載者たちは自虐的な口調になるという学問の世界の一角があり、皆知恵比べに忙しい割に墓穴を掘り続けているのが滑稽で、すっきりと納得することが出来ている人はこれまでに両手で数えるぐらいしか会ったことがない。
分類学は科学「以下」のプリミティブな営みである、と物理学から分子生物学の方が言い出す始末なのに、実際に分類学で大成するには半端ではない才能や尋常でない努力を必要とするというのは生物学者の中では常識であり、分類学無き生物学というのは網膜無き視覚と同じようなものだろう。微細構造・生理学的活性・生化学的特性といった特徴は分類学へと送り返され組み込まれ、それぞれの差が今度は進化生物学的観点から意味を持ってくる。