カラオケ大会、イノチガケ

先週木金に開催された、研究所リトリートのカラオケ大会で一生懸命歌ったことで何とか存在を認識してもらい、他の研究員から話しかけてもらうようになった。それこそ命懸けで歌った。
チーム対抗的な要素が強くて、ABBAのマンマ・ミーアとかダンシング・クイーンとかは同僚とかと並んで歌いました。あとはよく知らない、なんか救いようのない歌詞のブルースをボスが歌おう!と激押しだったので肚をくくって練習し、カントリーみたいなブルースなのにマキシマムザ亮君みたいな顔して歌ってました。
米人のご当地ソングみたいなのははっきりいってよくわからないのでパスだ。
私はこの10数年は、70-80年代の洋楽ヒットソングのようなのばかり聞いているので、かえって身を助けた形になった。
あと、テレビなどで見る歌謡コンテストみたいなののレベルって半端無く高いので、みんなそうなのかと思っていたら、カラオケはもう音程なんて調子なんて関係なくみんな歌いたいように歌う。それはちょっといい。
なぜ米国に来てまでカラオケかと訝ったが所長がフリークなのだということが判明した。ちなみに私のチームは2位だった。1位は、院生でメチャメチャガリ勉風のドイツ系青年(ひょろひょろの少年ムスカにTシャツ着せた感じ)がデビッド・ボウイみたいな歌い方で、ギャップで全部持っていった。
「あいつ……オイシイなあ……!」というのを英語で表現できなかったが、じっくり考えて、I'm……envious of him! だということだと悟った。
昔、マイとブライアンの基礎英語2という伝説のラジオ英会話講座があり、小学高学年のときに聞いていたけれど、ああいうふうに英語の歌を歌うというかたちで分化とガップリ4つに取っ組み合うというのはここで生きてきた。
きょうの午後3時のコーヒータイムにテーブルに座っていると別のラボのポスドクたちも同じテーブルにきて、日独印パ墨というテーブルになり、ドイツ人は私が日本人であることを知ると神戸牛とフグが食べたいということを熱く語り、お目が高いと思った。そういう会話がスムーズに始まったのは、じつに半年あってはじめてのことで、ちょっとうれしかった。
カラオケ大会の審査員をしてくださった、ゲストのプレナリースピーカーの先生は、「あなたはとても真剣に歌ってたね!」と仰り、恐縮した。いかにもそうで、この研究所での生活はこの一幕にありと、全身全霊で歌ったのだった。他の研究室に設備を借りる、アドバイスをもらう、等々ということを、まず顔を覚えてもらうということを。
そんなことでしか自分の存在をアピールできないのは悔しい。真面目な人には馬鹿にされると思う。私だって自分の研究でアピールしたい。
でも、舞台が私を呼ぶとき、どうやって沈黙していられるのか、私は、ときどきそれをすっかり忘れてしまうことがあるのだ。