殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

インパクト・ファクターの素顔を極限までさらけ出すために

数週間前から、学術雑誌のインパクト・ファクターというものを研究者の業績評価の指標として使うことに対する疑念が持ち上がっている。
半年前に読んだエントリを、思い出した。
未来をつくる索引-ガーフィールドとCitation Indexの挑戦 読書猿Classic: between / beyond readers
私は研究者として、SCIから(投稿した論文誌において集合的・間接的にという意味では)分析される側であり、かつ利用する側ということがあるために、やっぱりレーダーバーグがあやまたずその価値をガーフィールド論文を一読して看破したことには強く感銘を受ける(齋藤孝三色ボールペン的に言えば緑線ビシビシ)。

つまり時間的に先行する古い文献から、より新しい論文を知ることができる。〈これまで〉ではなく、〈その後、どうなったか〉という疑問に答えてくれる検索ツール!
遺伝学者は興奮した。そして待った。
未来をつくる索引-ガーフィールドとCitation Indexの挑戦 読書猿Classic: between / beyond readers

遺伝学の新しい時代を切り拓いたパイオニアとして、レーダーバーグは、論文というものが科学においてどういう存在であるかを、あらゆる可能性も含めて徹底的に考えぬいていたに違いない。そうでなければ、こういう反応は出てこないと思う。
それは、私も含めた現代の科学者がインパクト・ファクターに飛びつくのとはまったく性格を異にしている。
インパクト・ファクターは変な話、株式市場や、SEOとして云われるサーチエンジン最適化に近いような狂騒が現状だ。
その意味でも、背景に立ち返り、そして仮面を剥ぎ取った顔を、極限までさらけ出して考え直すのがよかろう。