Evernoteフキダシメモで思い出したウィトゲンシュタインのノート法

Evernoteのアップデートのいつからかははっきりと認識していないけれど、Mac版のでは

Command+Control+N

を同時押しすることで登場する画面がたいそう小気味いい。

ちょいちょいと書き付けたらCommand+returnでそのままEvernoteに保存される。
以前は確かCtrl+Cmd+Nでは「通常の」新規ノートがEvernote内に出来るので、もっさり甚だしかったような記憶があるというかそういうふうにしか使えていなかった。
いつでも持ち歩けるという意味でiPhoneフリック入力ということには及ばないものの、キーボードに向かってなにがしかの作業をしているときに脇に書き留めておきたいようなことを吐き出してしまうことができるのがとてもありがたい。
「今進めている作業」の動線をまったく妨げないのがいい。
これへのフォーカスを失ったときに画面から見えなくなってしまって焦るが、心配はいらなくて、もう一回Command+Control+Nを押せばそれまで書いたところまで残っている。
ファイルをドラッグ・アンド・ドロップすることも可能である。その時注意が必要である。吹き出しを出してそこにドラッグ・アンド・ドロップしようとすると吹き出しからフォーカスが外れて見えなくなってしまう。ちょっと指がつりそうになるけれど、ファイルを選択してドラッグしていってからCommand+Control+Nを押して吹き出しを出して放り込むことで目的が達成できる。
「あっ、これは現代の京大型カード、梅棹忠夫の知的生産の技術の精神にとりわけ近くなったぞ」と気がついてこのフキダシメモ機能がとりわけ気に入った。
知的生産の技術の要諦は時代を超越する、と思った。

知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)

また、10年前に読んでいた鬼界彰夫ウィトゲンシュタインはこう考えた」で知った、ウィトゲンシュタインのノート法も思い出した。ウィトゲンシュタインは、常にノートを持ち歩いていて、あらゆることを書き留めていた。その中から、哲学の洞察を選りすぐり、小さな節にまとめ、さらにそれを章にまとめ、加筆・訂正・改稿を繰り返して、哲学書を書いていった。鬼界書で学んだウィトゲンシュタインの執筆方法というのは今で言えば要するにプライベートモードにしたツイッターに日々書き込んで、毎日毎日Togetterでまとめてはまとめ直してということを繰り返して、新しい記述を追加して、最終的にひとつのまとまった草稿へと編み上げていったわけだ。
鬼界書ではそれを、「ゲノム的不連続構造」ということばで表現していたような気がする。読んでいた当時私は生物学を専攻しはじめたばかりの学部生だった。その時から私は進化生物学に興味があり、「細胞の分子生物学」を読み進めては、その中の分子機構のひとつひとつを、進化生物学の中でどのように達成されうるかを妄想たくましくトレースを試みるのが日常だった。すると当然ウィトゲンシュタインの知的生産の技術を「原稿が進化したんだ!」という新鮮な驚きをもって読んだことを覚えている。
鬼界書を読んでいた当時の日記を見返していたら、その本が今でも随分と自分の思考のベースになっているらしい。礎石になるようないくつかのキーワード、例えば「自然史的展開」,そして「言語ゲーム/劇」というのをその時に得ている。それらがとりわけおもしろいと思ったところだった。