殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

大学図書館は知識の生態系の全体像を伝えなさい!

大学図書館でレポートの書き方を教えるというのはどこから出てくる話なのか? - 発声練習
大学図書館の論文データベース講習のようなものを10年前に受講し、また開催の手伝いのようなものも行った。それは自館で購読してるものに関して宣伝の意味も含め紹介した。購読しているというのはWeb of Science(現Web of Knowledgeか)のようなサービスだ。確かにこれは、検索キーの入力など含めてクセがあり、日常で利用する機会の多いGoogle/Yahooが、いくつかのキーワードを、考えなしに放り込むだけでリストアップしてくれるのとは違う。
でも無料のPubMedGoogle Scholarの利用は等閑視・頬かむり・ほとんど言及しなかったのを見ていて私は不満だった。
大学図書館は、知識の生態系の全貌を学生に伝えてもらいたいと思う。
購読データベース・論文・蔵書という大学図書館機構の持つ強力な資産を説明することは当然の使命であろう。また、図書館機能を学生に気づかせ植え付け養育する、図書館自体が行う「マーケティング」の役割でもある。
それに加えて、その図書館機構のパワーが新刊書や古書店、ウェブの無料・有料データベース、国会図書館といった関連機構群とどう関連し(時に対立し)ているのかが私の考えている知識の生態系の全貌というものだ。RSSや、各種のPubMedアラートやGoogleアラート等の新情報アラートの設定なども、この生態系の重要な一部分である。
年若い学生は知らない、自分が何を知りうるかを、何をもって知りうるかを、そして、何が知るということかを。
ラフに全体像をスケッチしたのち、受講学生の興味・専攻に応じてその所作は、適切に部分修正される必要があるだろう。分野によって利用するデータベースはまったく違うからである。例えば生物学の学生であればGoogle scholar/PubMedを利用する(実際Web of Knowledgeを使うことはほとんどない)し、人文を専攻する友人が(私はほとんど使用しなかった)NIIの?日本一般雑誌等データベースを頻繁に利用していたらしいことも承知している。
コクマルガラスの見る世界とノミの見る世界が違うように、専攻によって世界が変わって当然だ。余談になるがこうした、他者が自ら発達の段階を経て獲得し保有するに至った視界……視覚に限らないわけであるから、感覚界というのが妥当か……の可能性について思いを致す、という「知性の基本的な責任」を学ぶ意味でも、(生物学にかぎらず)大学を出るということは『生物から見た世界』を読むことが必要条件になると思う。

生物から見た世界 (岩波文庫)

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