超人気ブログ「アレ待チろまん」に魅力的なエントリが公開されました。
http://fm7.hatenablog.com/entry/2014/06/08/214652
現代の大学課程において当然ながら全員が勉強すべきこととして、英語や統計学・プログラミングの初歩の他に、分子生物学が挙げられるでしょう。
大学で読まれる分子生物学の教科書のスタンダードとして「細胞の分子生物学」Molecular Biology of the Cell、通称the Cellという教科書が存在することは、向学心が人並みにある大学生であれば知っているだろうと思われます。
このthe Cellに対して、紋切型の批判が長年あります。
- 理論がない=事実の羅列にすぎない
- 電話帳
- 実際重い
ただ、私は学部時代、大学院入試対策の一環として、この第四版を通読したとき、人類二百万年の生老病死への真っ向からの取り組みを描き出す、「指輪物語」に匹敵するドラマに、涙が溢れてしまったのでした。
いわばThe Cellは冒険物語の典型なんですよね。
DNAというたいせつなものを持ち、うけついでいく、ヒトの細胞という存在のいきざまであり、遍歴である。
その行く手をいつも〈病〉が阻む。
いつでも自分を守ってくれた熟練の魔法使い(免疫)が、実は病の四天王の一人(自己免疫疾患)であったり、最強の敵がリミッターの外れた自分の鏡像(癌)だったり。
その時の私は、ごく素直に、病のうちでも最も厄介なものの四天王として「感染症」「老化」「自己免疫疾患」「癌」を読みとったわけです。
- 感染症は「異人(異星人)」
- 老化は「倒せない敵」
- 自己免疫疾患は「裏切り者」
- 癌は「自分」
古今の物語に、それぞれの類型を挙げる必要は、もはやありませんね。
癌が自分というが、免疫こそ自己/非自己の認識に関わるのではないか、ということは正しい。ただし、免疫が自己について関わるのはその認識ですね。実際には、自己の正常な細胞と反応する免疫細胞は個体の発生の初期で懲罰されて、作用しないようになっているというのがいわゆる哺乳類の正常な免疫のしくみだと記憶していますが、癌というのは或る意味で、分裂していく細胞という存在のありかたそのものに関わっている。そういう意味で「自分」と捉えていた。
ただ、分子生物学というのが「癌」という問題への取り組み、米国保健省が1971に開始したWar on Cancer「癌との戦争」というスローガンの一連の研究で飛躍的に進歩したことを後に知ったら、自分の読みもあながち間違いではなかったのだなと思った。*1
the Cellひとつ残念なのは、私の読んだあとに出た第五版の廉価版ではそして日本語も、後半部分が付属のDVD-ROMにデジタル収録オンリーになっちゃったんですね……そここそが物語としてのクライマックスなのですが。
Twitterで教わったのですが、現在でもReference edition、つまり図書館などで参考図書コーナーに置くための「豪華版」として設計されたものだと思いますが、そちらは全ページが印刷されているようです。ただし豪華版ですので値が張る。豪華版は日本語もないようです。
Molecular Biology of the Cell 5E: Reference Edition
- 作者: Bruce Alberts,Alexander Johnson,Julian Lewis,Martin Raff,Keith Roberts,Peter Walter
- 出版社/メーカー: Garland Science
- 発売日: 2008/01/02
- メディア: ハードカバー
- 購入: 2人 クリック: 17回
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また、the Cellの冒険物語の感動を味わうためには、エッセンシャルじゃダメで、ちゃんとデカイ方を読まないと、楽しめない。やはりエッセンシャルにはこれらの物語の核心が、欠けています。院試の勉強にはエッセンシャルで十分かもしれないし実際そういうことが多いはずだし、それで全然問題ないけど、あの感動は語らずにはいられないから、こうして語ってしまう次第なのです。
というわけで「細胞の分子生物学」を通して読むと、エッセンシャルにはない冒険物語の興奮が味わうことができて凄くいいよという話でした。