殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

「食べない」漫画 #BEASTARS

ビースターズが良いと言う話をしたい。
先日、何かのランキング1位になっていたという販促で、電子書籍の一巻が期間限定無料になっていて話題になっていた。Twitterでもそこをステップインザドアにして一気に買ってしまったという書き込みがあったりしたので、興味を持った。
私も無料版から読み始めたが面白かったので、すぐに一気に買ってしまった。みごとなステップインザドアだった。
作者の板垣は、美大で映像製作を志したものの転向し、幼少から親しんだらしい絵・漫画の手法によって表現を行ったということが、最近の受賞インタビューやあとがきなどからわかる。たしかに、さまざまな映画のお作法が巧みに援用されていることが、すぐにわかる。Twitterで勧めていた人も、好みが若干偏っている人だった……例えばジョン・ウーの映画が好きな人なので、仲間と何人かで適時に乗り込んでいく「カチコミ」映画のお作法に乗っている展開が登場するのだが、ここに興奮したのだろうとも思った。コマ割りは極めて巧みで、映画的な絵コンテの流儀が、背景にあるのだろうか。その結果、単なる漫画というだけではなく、むしろ「ウォッチメン」や「フロムヘル」のような、海外の「グラフィック・ノベル」のような雰囲気さえ纏っていると思った。
しかし私がもっとも感銘を受けたことを一言で言えば、このマンガは昨今の「食べる漫画」のトレンドに反する「食べない漫画」であるということではないか、ということだ。
食べる漫画と言うのは例えばもちろん、料理マンガの系譜は連綿とありながら、さらにそこにハードボイルドを載せたような「孤独のグルメ」であったり、ファンタジー/RPGを下敷きにした「ダンジョン飯」であったり、かつてこのブログで紹介し強く推した「メイドインアビス」であったり、あるいは今季アニメ化が始まった「ゴールデンカムイ」であったり、そういう「食べる」シーンがクローズアップされる漫画である*1
食べることが続きモノ漫画で取り上げられるのは、それが連載にとって好都合だということではないか? 何故かと言うと、まずコンテンツ作者にとって、連載というのは自らの安定した収入源として重要であることはいうまでもない(古典で言えば「まんが道」などでも明らかだ)。連載をするためには「ネタ」の安定供給、いわば「兵站」によって容易になる可能性がある。うまくストーリーを組み立てるネタの兵站があれば連載はある程度容易になる、ということなのではないか、と、大人になっていろいろなラノベ・アニメ・マンガに触れて感じるようになった。一番それを強くわかった感覚を持ったのは、例えば「ビブリア古書堂」シリーズと、(アニメで観ていた)「櫻子さん」シリーズを、標本として認識したからだった。これらはシリーズ化されたラノベだが、ある程度の軸となるストーリーがあるものの、「ビブリア」は古書・読書の、「櫻子さん」は生物(動物・昆虫等)のといったように、各話がさまざまなウンチクをタネに組み立てられている。しかし連載をすることにこだわり過ぎると本筋のストーリーが弱くなってしまう。これは、常に起きるというわけではないが、しばしば生じることのあるジレンマだと思う。
この点を板垣はうまく回避している。
作品世界は、擬人化された動物が捕食に依らず社会を構築し、草食動物と肉食動物が共存する。そこには当然のように歪みが生じる。
主人公レゴシはハイイロオオカミという肉食動物としてビースターズ世界で生活している。作中のキャラクターはそれぞれの動物の生態を反映して造形されている。つまり、ここでも動物の多様性を核に据えてはいる。実際の動物は、捕食し捕食されることも含めて、生態系をなしているのは言うまでもない。ここを、ビースターズ世界は巧みにストーリーの緊張感に繋げてくる。有名な警句を引いて言うなら「哀しいほどの野性、滑稽なほど野性」を真正面から描いているといっても、あながち間違いではあるまい。
読むほどに、レゴシというハイイロオオカミの、大きさ・逞しさ・強さが愛おしく思えてくるはずである。
私にビースターズを勧めた人は、ジャイアントパンダ精神科医を特筆して面白がっていたのだが、私も確かに面白いと思った。パンダが精神科医として、病み彷徨う肉食獣に、些か荒っぽいケアをする。パンダは熊のようでありながら、笹を食う。そういうわけでビースターズ世界では独特の立ち位置にあり、結果として、作中では、草食・肉食のあいだに揺れ動くレゴシの意識を調停する役割が置かれている。そのうえパンダは6本の指がある。精神科医で6本の指という符合は、フィクションの有名な怪人ハンニバル・レクターを思わせもする。
ビースターズ世界で肉食獣は、食べてはいけないこととはなっていつつも、実際は商慣行が成立し、草食獣の身体を買って食べているフシが闇市で暗示されている。そうした作品世界の社会通念と異常行動のあわいの立ち位置にあるキャラクターとしてパンダ先生はいるということだ。ハンニバル・レクターがもはや必ずしも異常ではない世界において何をなすだろうかと考えても面白い。
またオオカミが獲物を食うという行動はおとぎ話によくある。性的欲求と食欲が共通の語彙で表現されることは珍しくない。作中でも、レゴシの恋愛が食欲・本能が転化したものだと指摘される。そのように、ありふれた表現をイチから根底的に洗い直していることも、ビースターズの魅力だ。
そういうおとぎ話と、青春ドラマと、思考実験と、多様性と、映画の文法にしばしばのっとった作劇が巧みに組み合わされてビースターズはできている。
続刊を楽しみにしている。

*1:ちなみに、私は先に書いたことがあるように、メイドインアビスについては強く推している。アビスというダンジョンに潜るということも強いのだが、なによりも作品とキャラクターが背負う構造そのものの残酷さがいとおしい。孤独のグルメは、古典というべきであろう。ゴールデンカムイは現在アニメが進行中で、先日そのタイアップで漫画100話公開があったのが、わたしも一気に読み通してしまった。反面、ダンジョン飯は一般の評価は高いのだが、私はその作者の作風にどうしてもノレないで、私自身は肩入れをしていない。面白く無くなっているわけではないのだが……