アマチュア無線のハンディ機の形は20年間どう変わったか

私は小学校の終わり頃と中学生の時にアマチュア無線に興味を持って、3級免許まで取った。
親にねだって無線機を買ってもらった。ハンディ機である。形状と名称の記憶を頼りに検索すると、アイコム製IC-W21だったようだ。
もう20年間触れていないし、サイズ感をどう表現するかちょっとむずかしいところではあるが、手元にある品で一番近いのはメガネケースだろうか。

高校に入った頃からアマチュア無線よりも読書に興味が移った。高校を卒業してから上京して大学に入ってからは、アマチュア無線とはほぼ無縁の生活を送った。
00年代の後半は、入った社会人合唱団の練習が秋葉原で行われていたので毎週通ったのだが、田舎の中学生だったかつての自分からすれば夢のような状況であったにもかかわらず、アマチュア無線関連の店に入ったことはなかった。

そういうわけで20年間、アマチュア無線の事情の移り変わりを全く知らずにいて、今日「最近のアマチュア無線のハンディ機は昔とどう変わったのだろうか」と思って調べた。
驚いた。
当時とほとんど変わらないんじゃないか、という印象があった。
じっと見ていると確かにかつてのもの、特に私が使っていたものよりはひと回り小さく、私の印象では特定小電力無線機(免許のいらないトランシーバー)がこのぐらいだったよなと思うのが現在のハンディ機の主流のようだ。日常一般の品物のサイズにしては「大きめの石鹸」程度ぐらいだろう。

もっと驚いたのは「デジタル」というカテゴリの導入だった。そうなのか。
テレビ放送もデジタル化したのだから、アマチュア無線がデジタル化して何もおかしくはないのだが、その方式とかどうなっているのだろうと思って調べてみるとかなり面倒くさいことになっているようだった。

それでも、ラインナップを久しぶりに見てその印象の変わらなさに驚いたというのは、やはり、おなじ20年の間に携帯電話というシステムの形態の趨勢が何度も変態していったということが印象にあるという程度には自分は技術に興味を持ち続けていた。

1995年に携帯電話は身近なものではなかった。その後まずポケベルが普及してすぐに縮小し、PHSがあったりi-modeがあったりしたわけだが、携帯の形態というのはモノクロの液晶からカラーへ、そしてガラケーからスマホへ、という「趨勢のシフト」が何度もあった。
アマチュア無線のハンディ機はどうしてiPhoneのようにならなかったのか…………
ここまで考えてきて私は自分で、自分がなにかアホなことを考えているのがはっきりとわかった。
そもそもハンディ機は携帯電話ではないので同じようにはならない。
また市場も小さいのでそんなに早く移り変わらない。
それでも何か変化を妨げているのではないか?
きっとそうしたものがあるとすれば、出力だったのかもしれないと思った。
アマチュア無線のハンディ機は例えば5 Wという電波を出せる。それで、かなりの距離を隔てて通話することも可能だ。そのとき、無線局はダイレクトに通信をしている。
携帯電話は基地局との通信を行って通話を成立させている。基地局は、人が活動するエリアにはかなりカバーされている。携帯電話一台の出力は、アマチュア無線機と比べると弱いものであろう。
大きさの違いは出力の違いに起因するものが大きいのではないかと想像した。

技術に興味を持つ若人はいまインターネットとプログラミングに向かうだろうか。
インターネットに接続するために免許は必要ない。
電波というのは資源だ。資源というならインターネット通信だってそうなのだが、電波はなかなかタイトな資源だ。増えない。効率利用はできるのだと思うが、難しそうだ。その希少性が、免許を要請したのだろうか。

いずれにせよ、プログラミングの実用性と応用性は高く、特に免許が必要ないということが、若いエンジニアを引きつけるようになったのか、と想像した。