『植物たちの戦争』

よくきたな。この本は抜群に面白かった。過日公開したウイルスの話題とも関連するのだが、植物分野でも当然ウイルスは大きな関心が集まっている。
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当節流行といえば、タピオカである。タピオカはキャッサバという植物の芋(根)から作られる。キャッサバはアフリカの熱帯サバナ気候のような地域でよく生育する。生産性がものすごい。アフリカはいま人口がものすごいから、ものすごい地域のものすごい人口を養うものすごい作物が必要で、それがキャッサバだ。だからアフリカで生産されている量もものすごい。もともと生えていたのはブラジルあたりだが栽培されはじめたのは1万年……MEXICO……とにかく歴史もものすごい、植物の中の植物だ。

だいたい爆発的に栽培されている植物というのはいつもリスクがあると思っていい……MEXICO……俺が前にいたCENTERも、キャッサバをものすごくやっていた。所長は、キャッサバのウイルスを研究していたし、アフリカ出身の研究員もたくさんいた。「ものすごい植物をもっとものすごくする」という意識がビンビンだった。

作物と病気、というのは世界史を変える。言うまでもなく。

本書の中で取り上げられているのは、そのなかでも最大のものの一つ。

ジャガイモとその疫病菌だ。

この本はその疫病菌の正体が卵菌という生物であることを教えてくれる。「卵菌? 大腸菌とかとおなじだよね」とおまえわゆうかもしれないがおまえはここで100個ぐらい間違っている。卵菌は真菌、つまり「カビ」ではない。ついでに大腸菌も真菌ではない。

ながきにわたり人類は、みずからを取り囲む生き物の世界を自分との関わりにおいて解明して理解してきた。そうであるとするなら、赤の他人同士をおなじくくりにして呼ぶということは、ひとにとっておなじ現れ方をしたということに、ほかならない。

それは、病いをもたらすもの、ということだ。病の原因となる存在、つまり病原体である。

ウイルスも細菌(バクテリア)も菌類(真菌)も卵菌(その他の真核生物)も、人間活動に対して災いとなる病いをもたらすもの、つまり病原体としていっしょくたにされた。

いまここでそれを縷々説明することはしない。

ただ、この本ではそういう、植物への病原体に対する、植物自身の戦い、そして、その植物からめぐみを受け取りたいと願う人類の戦いが描かれているといってよい。生物の中の生物、植物の中の植物が、病原体の中の病原体と血みどろの争いを繰り広げる。それはメタファーであり、ROMANだ。

この本はどのように読んでも面白いと思う。植物が病原体と出会った時にみせる振る舞いの多彩さ、病原体そのものの多様さを楽しみ、ときに圧倒されるのも良いと思う。

「植物病理学」という重要な分野のコアとなる発想を表現したいと、学会が力を結集して書いたものだ。図表は的確である。全国の大学での講義で煮詰められた結晶のようなものであると言ってもいいだろう。

また、私のように、関連する分野(植物学・進化生物学)の立場からも、読んでたくさんの勉強することがあった。なにしろ、病原体・感染症というのは、生物の多様性の中でも常に最先端を走るものである。そこでは、おまえがスマッホをはなをほじりながら眺めている間に、文字通り生存のために、相手を出し抜き、あるいはやり込めて自分の繁殖を進める、軍拡競争が展開される最前線である。絶え間ないイノベーションのるつぼである。

例えば不勉強な私が知らなかったのだが、真菌アルタナリア・アルタナータの病原性は、ひとつの染色体が中心となっているという。

このアルタナータは本来は別に生きている植物ではなくて枯れた植物体に生える。この生き方を腐生という。腐生自体は病原性ではない。

しかし、リンゴ、イチゴなどで見つかった病原体が、もともと腐生だったアルタナータとほとんど変わらなかった。それだけでなくて、このリンゴ病原菌やイチゴ病原菌などで病原性に必要な毒素を作る遺伝子群が、ひとつの染色体に固まって載っている。毒素生産遺伝子クラスターが存在している。

そこまでは対して驚きではない。私がびっくりしたのはこの毒素生産遺伝子クラスターを乗せた染色体が、時々なくなることがあるということだ。こうしたありようの染色体を、Conditionally Dispensable (CD)染色体という。「ときどき・要らないことがある」染色体という意味である。

そういう遺伝因子として、バクテリアだとプラスミドがある。もちろん、真菌である酵母でもプラスミドをつかって遺伝学操作をするんだが、プラスミドは、記憶容量が小さい。メディアも小さい。USBメモリみたいなもんだ。

一方、染色体というのはハードディスクぐらい大きい。いや、当然ポータブルハードディスクというのはあるわけで、たとえとしてあまり上手くないんだが、普通は染色体はそんなにポータブルじゃなくて、いろんなしがらみで細胞の中からほかのゲノムとわかちがたくされているものだと思っていた。

それが、ときどきなくなるとは。ぶっとんでいる。

どういう動きをしているのか、いったん細胞から失われた染色体が別の細胞にひょっこり入ったりする(水平伝播、という)のか、しないのか、ということも生物学者としての想像力をかきたてるもので、ひとえに不勉強を恥じた。

それにしても、アルタナリア・アルタナータって、すごい名前だなと思う。

水平伝播といえば、卵菌であるジャガイモ疫病菌の病原性は、赤の他人である真菌から獲得したものであるという。これも、よく考えてみると、バイオテクノロジーで全然別の生物の遺伝子を使うことはあって、CRISPR/Cas9などももともとバクテリアの遺伝子を勝手にぶっこぬいて来てヒトの細胞に叩き込んだりしているシステムだから、全然不思議ではない。でも、そんなにうまいこといくのか? と思ってしまうから、やはり自然は人間の発想など軽々と超えていくのだ。

この水平伝播の現象を論じる第5章で説明される、腐生生活(死んだ生物を餌食にする)からだんだん生きた生物を栄養にするようになる過程はこの本のクライマックスだろう。

病原性、つまりその栄養を獲得する際に一方的に、相手(宿主)の都合も構わず振舞っていれば、植物側から反発されるような植物自体の抵抗性が出現するようになる。

そのうちに、病原体から腐生生活に絶対寄生菌になってしまったり、お互いが必要になる共生関係を結ぶようになる共生菌など、そういう多彩な戦略が出現したシナリオの仮説が巧みに描かれている。

他にも、ジベレリンの種無しブドウの作出への利用に病原体が関与しているおなじみの話や、アグロバクテリウムの効用など、植物の基本的な操作の背景になっている発想や現象がひととおり押さえられていてお得。