元号末進行

忙しい。
いろいろと作業が出来したところに迫りくる、10連休である。
ナマモノしごとなのでいつもどおり休んだり休まなかったり気持ち休みめで仕事したりすると思うのだが、外注する配列決定やプライマー合成は止まる。配列として確認が済んで出来上がってしまえばこちらの勝ちだ。休み中は、やったりやらなかったりできる。

#やっていき 力を高める戦術書・『やってのける』

やってのける

やってのける

ハイディ・グラント・ハルバーソン『やってのける』を読んだ。
頭を殴られるような衝撃を受けながら「やっていき力」がバキバキと自分の中に埋め込まれていく感覚があった。

個々のトピックは聞いたことがある。

「マシュマロ実験」
「意志力の枯渇」
「眼高手低」……

だが、その意義を包括的に論じて提示されるとぐうの音も出ない。

眼高手低とはなにか……本当にわかっているか?

眼高手低ということばは、聞いたことがあったし、心がけてもいたつもりだった。
しかしこの本を読むことを通じて、モチベーションのありようを、「重要なことにモチベーションがわくこと」と「困難さの前にモチベーションがくじけないこと」に、分けて考えるべきだとわかった。そのうえであらためて「眼高手低」の意義を強く認識することができた、と思う。

「眼高」でない、つまりその先に大したことがないのであればモチベーションがわかない。どうでもいいことはやってもしかたがない。

「手低」でない、つまり、いきなり難しく複雑なことをやろうとしても意気阻喪してしまうだけだろう。

こうしたことがていねいに説き起こされている。

「意志力を使わず」とはどういうことなのか

表紙に「意志力を使わずに自分を動かす」と書いてある。どういうことなのか? 何でも習慣化しろ、ということなのか? と、思うかもしれない。

そうではない。習慣化は重要なツールではあるが、それだけではない。

実は、私なりに言い換えれば、単に「意志力を使え」「やる気を出せ」というのではなく、目標それぞれのいろいろな性質に応じて、「意志の戦術」のようなものをさまざまに組み合わせていくのが効率的だよ、ということになる。

そして、その戦術を個人的にまとめてみた。

やっていきの戦術とツール

なぜ思考 何思考 証明型パーソナリティ 習得型パーソナリティ 獲得型基準 防御型基準 自発性
簡単なこと・得意なこと
やる気が湧かない
難しい課題
誘惑に負けそう
スピード重視
正確性重視
クリエイティビティが求められる
過程を楽しむ

自分の能力を証明せずにはいられない(あるいは逆に証明されることを過剰に怖がる)証明型のパーソナリティと、能力向上を楽しんでいく習得型。自分は後者の価値は認めつつもどうしても前者が抜けないということだと思う。本では、習得型パーソナリティが多くの場合に推奨されてはいるものの、ときにそれが有効になるときもある、ということも書かれている。

「獲得型」「防御型」というのは、相対的なもので、案件に関する基準のおき方ということだと思う。

自分の研究の場合の実現可能性とモチベーション

モチベーションと実現可能性の間の駆け引きを、自分の分野に引き寄せて考えてみる。

論文を書くということは任意のトピックについて一応可能なものだ。その手順は自分は押さえてきた。

ただ、私はたとえば自分でネイチャー誌に出すような研究を思いついて成し遂げるようなことができなかった。いまのところ思いつきもしない。

難しい問題ならいくらでもあるだろうと思う。しかし、特定の問題が「解ける」かどうかは、わかったものではない。

かろうじて、そこまでの道程をブレイクダウンして、マイルストーンを設定し、戦線を押し上げるということなら、なにがしか可能だと言えると思う。

もっと絶望的なことも考えてみた。教員公募、就職活動だ。これは全く不可解だ。自分はともかく、「いったいどうして……」というひとが苦労しているのを見ると目の前が暗くなる。だからこそ、「この人こそ」と思う人が出世をしていくのを見るのはとても気分のいいものだ。

いっぽうで、何かの試験というのは、決して容易ではない困難はあれ、まっとうに勉強すれば解けるようになるだろう。
前回の記事のようなStudyPlusを利用することで着実な進歩を可視化するようになることは助けになるはずだ。

thinkeroid.hateblo.jp


「やっていき」の戦術書として利用する

実際、自分もいろいろな本をこれまでに読んでいて、なんか「増やしたい」ことと「減らしたい」ことというのがあるていど似たフレームに落とし込むことができそうだな、とは感じていた。

それがまさにこの本だった。

「やっていき」といういいかたがある。だが、やっていけるし、やっていかずばやまじ、という気持ちが芽生えて育っていく。暗雲に一条の光を見た気分だ。

Studyplusで勉強とアウトプットをブーストする

Studyplusという学習支援ウェブサービスを、去年の後半から使っている。

Studyplus

Studyplus

  • Studyplus Inc.
  • 教育
  • 無料

資格試験や入学試験などの目標を打ち立てたり、参考書・問題集を登録して、取り組んだ分量や時間を記録することで可視化し、モチベーションを維持しようというサービスだ。

基本的には中高生が受験や学期の学習に用いている例が多い。
いわば「勉強用のSNS」だ。

かつての自分であれば、きっと

東京大学合格
TOEIC900達成

という目標を掲げて、

大学入試英語頻出問題総演習 (即戦ゼミ) 最新六訂版
「チャート式」
難問題の系統とその解き方物理

あるいは

英単語・熟語ダイアローグ 1800 三訂版

といった本を登録して、どれだけ取り組んだかを嬉々として記録していただろう。

大学受験は20年近く前に終わってしまったわけだが、その時でさえ、受験関連の個人ウェブサイトや掲示板にアクセスしていた。
刺激を受けたり、理解を深めたりするのに役立った。それだけでなく、アクセスしていたウェブサイトの管理人そのひとと、大学入学後に出会う(同じクラスだった)ということさえあった。

そういうわたし自身の経験とおなじことがきっとここで起きているのだろう……とStudyPlusの雰囲気を見て思った。

一方で、いまのわたしにはわたしの為すことがある。

入学試験を終えても勉学は終わらない。語学への興味はやはり持ち続けている。
行動に移せない期間が多いのは確かで、それが勉強が達成できない理由の根幹である。
また、いくつかの資格試験も気になっているので、そうしたことも時間があれば……と思いながら、日々の業務以外の余裕がどうも、ない。関係のない勉強をする暇があるなら、少しでも研究を進めろという内心の切迫がある。ただ、そうやって研究は進むものではないから、結果として、研究は進むわけではない、勉強はやらない、というままに年月が過ぎてしまう。

自分の時間利用をもっとうまくしたい。

本は読みたい。
勉強はしたい。
いろいろなことについて書きたい。
それでいて、研究(キャリア)はしっかり進めたい。

誰しもが思うことではないだろうか。

時間管理問題におけるメジャーな対策として「見える化」や「細切れ時間の活用」があることもまた周知だ。
そして、こういった方法論のために、スタディプラスは絶好のプラットフォームになる、という思いが日増しに募ってきた。

最初は英単語暗記の記録をしばらくやっていた。だがこの1ヶ月ほど、スキマ時間の読書や執筆へのコミットメント可視化にスタディプラスを適用してみた。

読書はとても簡単だ。

通勤電車に乗る。
スタディプラスで、読んでいる本の記録を開始し、ストップウォッチを開始する。
読書に没頭する。
到着駅の直前でストップウォッチを止め、進んだページを記載する。


この繰り返しである。コマ切れ時間だ。一回の読書時間は短い。せいぜい30-40分だ。しかし往復で1時間から1時間半になる。一週間で6時間ほどになる。こうして、なんとなく積ん読になった本が次々に読めるようになった。コマ切れ時間の読書には、専門の系統立った読書だけでなく、たゆたう興味が赴くままの雑書濫読もお似合いだ。

読書だけではない。執筆もできる。ストップウォッチを走らせている間に、一心不乱に書く。

スタディプラスの勉強記録では、勉強の「単位」を変更し、好きに登録することができる。
これがいい。

執筆の際は、日本語なら文字数で「字」を単位とするし、英語だったら「語」をワードカウントして書いていける。
自分の場合は出先ではiPhoneiPadで、Pagesアプリを使うことで語数をカウントしながら執筆することができる。

すこし気取っていうなら「study」の意味づけを、変えたのだ。
インプットに偏った勉強としてのstudyから、イン・アウト両面を包括する「書斎」へのコミットとしてのstudyへ。

「習慣をつくる」ことの力は、もはや強調しすぎることはないぐらい、周知のことになっている。
研究業界では『できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)』が、「なぜ論文が書けないか」「論文を書くダメな方法は何か」という考察を心理学の専門のバックグラウンドから明解に説き起こされている。
変な話、この本は私の周りの研究者連中がこぞって読んでいる。

できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)

できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)


ではそれを誰しもが出来るかというと、出来ていないのではないか。

習慣を実行するうえで重要なのは、意志ではなく仕組みを設計することである。
さらにそのときに、達成に対する報酬を実感できると強い。

時折言及されるのは、ソシャゲのデイリークエストやログインボーナスといった仕組みだ。心理学的に報酬系に働きかけて、アクセスさせる、アクセスしたくなるよう働きかける仕組みである。
最初にどこで読んだかさえ思い出せないし、実際、無数のひとがあらゆるところで書いているのだと思う。
エストが「達成!」と表示されて、ピコーン!という音がなるだけで、報酬として解釈してしまう仕組みがある。
これは形のない捉えどころのない行為というものを見える化することそのものである。

スタディプラスの達成報告は、音は出ない(というか音を出してないからわからない)けれども、「やったね GOOD JOB!」というテロップが出てくる。
いや、ドラクエ・FFのレベルアップ音のようなファンファーレより重要なのが、何か目に見える数字が蓄積されることだろう。
ソシャゲの任務やログインボーナスでは、アイテムや資源が増加する。単なる達成音ではない。

勉強において、本当に蓄積したいものは、知識や能力だ。それは間違いない。
でも知識も能力も、蓄積はなかなか目に見えない。
だから、かわりになる指標を使うことになる。
それが知的活動時間の長さと、そのページ数や単語数のような取り組みの量だ。

指標は、直接可視化できない存在の動きを捉えやすくしてくれる。
訓練をするためには時間がかかる。
たくさん勉強したという「数字」が積み重なっていくと、ひとはそれを報酬だとみなすのではないだろうか。

それはフィクションだろうか?
フィクションでもかまわないとおもう。
実際の勉強をしっかり行なっているなら、それを比喩的に表現して、一種の娯楽・楽しみとして享受することを誰がとがめられようか?

スタディプラスを使う上での問題点でこちらから申し上げておきたいことがひとつある。

上で、勉強の「単位」を自由に設定することができると書いた。
もうお分かりかもしれない。

単位の数値が違いすぎるのだ。
例えば、500字の文章を読む労力と、書く労力は、非対称だ。
だからもしもこの字数を「読む」ときと「書く」ときで同じ単位として採用するなら、知的活動を見積もる数字としてはややアンバランスになってしまうということになる。
この事実は私に、以下のグラフを思い起こさせる、ということを書いて、オチとして締めくくりたい。




#シャドーイング のススメ

この本が2019/2/14までKindle版がセールで半額になっていることを知ったので、ぜひ紹介したいと思ってこのブログを書いた。
いや、うちのかみさんがね、シャドーイングを実践して英語での会話が上達したんですよ。……コロンボみたいな書き出しになってしまった。
彼女も、最初はうまくコツが掴めなかったようだった。
録音されている教材の発話文を追唱するときに、意味を取りながら発音することができない、というのが、はじめのころのハードルだったように記憶している。
私はその「意味を取れない」という話を聞いたとき、なにかピントがズレているな、と思った。うまくは言えないのだが、それはこのトレーニングで目指すものではないのではないか、と。
私も彼女の助けになることがないだろうかと、本屋を覗いてみた。そして一冊の本……というか、一人の著者がシャドーイングについて教育上の効果測定をして実証することを試みているのを知った。
この著者は後に新書を出していて内容がコンパクトにまとめられていた。それが冒頭に上げた本である。
この本はとてもいい本で、シャドーイングが認知の訓練になることを分解して説明していた。この本を読むことでどういう意味でシャドーイングを行うのかを理解することができる。単なる苦行ではなくて、一つ一つの行為の意味をはっきりと自覚することができる。
第4章「シャドーイングによるアウトプット産出への効果」で、「復唱する」という行為を四段階に分けて説明している(pp.107-8)。

  1. オウム・九官鳥のものまねに相似な「音響レベル」の復唱
  2. 単語の意味はわからないが発音の構成単位である「音素」としてはかろうじて認識できている「音韻レベル」の復唱
  3. 複数の音素が何かの語を構成していることを認識している「語彙レベル」の復唱
  4. 語彙からその文章の意味まではっきり理解した上で復唱する「意味レベル」の復唱

そしてさらにシャドーイングレーニングを進めることで学習がどのように達成されていくかが順を追って説明されている。

シャドーイングの学習の最初の段階では、意味もわからないまま音声をひたすら復唱するという、上記(1)(2)で示した音響・音韻レベルの復唱になりがちです。しかし、その学習に時間をかけて徐々に音声復唱することに慣れてくると、少しずつ復唱の自動化が進み、シャドーイングがだんだんと楽にできるようになります。そうすると、復唱と同時に、聞いた音声の意味も楽しみながら、シャドーイングを実行することが可能になってきます(つまり、(3)(4)の単語・意味レベルに移行します)。 (p.108)

私はこの箇所が、かみさんの当初のつまづきに対応すると思った。いまはつまづくとも、音響・音韻レベルの復唱で基礎固めをすることが、語彙・意味レベルでの熟達への近道であるという説明だ。だから、彼女にこの本を読んでもらった。そして彼女は実践し始めた。
彼女は最初、英単語・熟語ダイアローグ 1800 三訂版のものを0.5-0.8倍速再生してシャドーイングを行っていた。その後、彼女はTOEICの公式問題集に移り、そのリスニング問題をシャドーイングするようになった。2ヶ月ほど経過して、彼女は自分が1倍速でもシャドーイングができることに気がついたらしい。やはり効果はあるのだと思った。

ひとつ注意しないといけないのは、新書版ではあるが意外に専門用語をポンポン入れて書いてある。イメージすることが難しいことはあるかもしれない。
Amazonのレビューを見ると「シャドウイングのやり方についての詳細が知りたかった」と書いているひとがいる。しかし、読んで見れば第6章で経験の浅い段階から熟達の過程を説明してある。ほんとうに読んだのか疑問になった。
確かに、中に教材が入っているわけではないという意味では実践の本でないということもできるかもしれないが、自分に合った教材を探すのもまた重要な学習のいち場面だろう。著者はこういった実践教材も出しているようだ。

決定版 英語シャドーイング【改訂新版】

決定版 英語シャドーイング【改訂新版】

#英語多読 のはじめかた

多読について検討しているということを、前の記事ですこしふれた。

 

多読の全体像

多読というメソッドの全体像をつかむにはこの本が手軽だ。

英語多読法 やさしい本で始めれば使える英語は必ず身につく!(小学館101新書)

英語多読法 やさしい本で始めれば使える英語は必ず身につく!(小学館101新書)

この『英語多読法』のキンドル版は2019/01/09まで50%ポイント還元セールをやっているらしい。

要するに……この本のサブタイトルの

やさしい本で始めれば使える英語は必ず身につく

ということの通りなのだが、じゃあどれだけ「やさしい」のか?

それは簡単で、

子供向けの本

である。絵本であり、読み物である。

それは日本語を人生で最初に身につけたひとでもまったく同じだ。子供は簡単な本から読んでいく。

多読の教材

このための教材は英語でもたいへん豊富である。OxfordやPenguin、Cambridgeなどさまざまな出版社から子供向け・初学者向けの非常にわかりやすい初級英語で綴られた本がたくさんある。

こういう教材はユーモラスで、ドラマティックな演出も巧みである。さらに、「Level 1」のように進度別に分類されていて、数字が上がっていくにつれて徐々に表現や単語が高度になっていく。こうしたものは、Graded readersとかLeveled readersという名前で呼ばれている。

多読教材は、たいていは薄い。ただ、問題は、厚みに対してやや割高であることだ。「多」読と言っておきながら、量がこなせないのでは本末転倒だ。

多読の入門には、無料で200冊もの教材を読むことができるOxford Owlをまず試してほしい。

Oxford Owlには、Oxfordのleveled readersであるOxford Reading Tree (ORT)という、絵本教材とも言ってよいシリーズが多数収録されている。

ORTは絵本であるから文章は簡単だが、実際にそれをちゃんと楽しもうとすると、絵をすみずみまで読み解く必要があり、大人でも結構楽しかった。

さらにOwlサイトでは、Audioの再生までできる。

ORTはLevel 1から始まっているのだが、文章が出てくるのはLevel 1+からだ。私はそこから読み進めている。

登録は

を見るとよい。

OWLの代替案としては公立図書館の多読コーナーがある。いま私の最寄りの図書館には英語多読コーナーがあって多数の教材が揃えてある。これをかたっぱしから借りていけばいいわけだ。

正直なところ、多読教材は基本的に個人で買うものではないなと思っている。購入するにしても、数人で出資する仲間を募ってやるべきだろう。

まず、それはひとつの望ましいルートであるにせよ、最終的な到達地点ではない……通り過ぎていくべきものだ。そして、一般の英語の原書を買ってどんどん読んでいったほうがいいと思う。もちろん「特に思い入れの強いものをいくつか手元に置きたい!」というときには、この限りではない。

多読の効果

自分も文献的な検討段階ではある。しかし多読というアプローチはさまざまな大学の一般教養課程の英語の単位でも積極的に採用されているし、私も前向きにコミットし始めている。そして、おそらくその結果・成果のような手ごたえを感じている。

論文や英語書籍を読むときの視線がスムーズになった。知らない単語やフレーズはさておいて、文章の流れのグルーヴに身を委ねるということが簡単になった。

そしてなにより、「あからさまに簡単なものから徐々に強度を上げていく」メソッドにプリズナートレーニングと共通するものがある。

英語と筋肉という違いはあるが、アイソレーショニストな、ウェイトや単語帳をいったん離れてどちらも実地の動き(英文)のなかでの機能向上を目指す。

従って某囚人勢にはたったひとこと「英語を子供向けの易しい本から読んでいくプリズナートレーニング 」というだけでわかってもらえると思う。焦ってレベルを上げすぎてはいけないことも同じなら、「だいたいこれぐらいが適正レベルでしょ」と入門者が思うレベルがだいたいステップ5(監獄換算)で、その前にこなしておくべきステップがかなりあるということも奇妙なまでに符合している。

自分もORTをOxford Owlで進めていきながら、多読の真髄は「1ページに3語くらいしかない本」から始めることだというのを納得している。私は大学受験のときも英語は単語や英文法や英文和訳だけでなく音読にも非常に力を入れてやったし、大学ではESS(英語会)に所属していた。三年半のアメリカ留学も経験した。それでもなお「1ページに3語くらいしかない本」に強い力のパワの解放感を感じている。自分が幼児になって無邪気に遊ぶ解放感、それはアカチャンの可能性だ。

英会話は英作文じゃない

英会話の練習をするひとは、はじめは単文を並べることからはじめてみることを提案したい。
いきなり関係代名詞のような複文を使おうとすると、「Lv1なのにバハムートを召喚しようとしてMPが足りなくなる」ような状況に陥る、と思う。
まずは、初級のワザをスムーズに繰り出せるようにする。
いや、初級のワザを積み重ねることでひとまず十分なんじゃないか? と思う。

最近、英語の「多読」用教材を眺めている。本というかパンフレットサイズで、使った人も少なくないかもしれない。使ったことがなくても、洋書売り場などで見たことがあるだろうか。この多読教材で初級次のシリーズを見て、単に単語が易しいだけではなくてそもそも複文がほとんど使われていないなという印象を持った。

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多聴多読マガジン2016年4月号から

多聴多読マガジン2016年4月号」から

多聴多読(たちょうたどく)マガジン 2016年4月号[CD付]

多聴多読(たちょうたどく)マガジン 2016年4月号[CD付]


このことは英会話練習でも同じだと思う。
もしかすると、多くの場合、複文は書き言葉のためのものかもしれないなという感じがしてきた。もちろん、口語でもand, but等の接続詞はよく使う。でも、その場合でも、繋がれた個々のフレーズはあんまりデカくなると正直よくわからなくなる。

単文を並べることが英会話になるのだろうか? と思うかもしれない。でも、英会話はやっぱり単文がよく合っていると思う。
口頭ってことは、聞く人がいるはずだ。単文を1つ言ったら、アレが来るんですよ、アレが……あいづちが。
あいづちに続けて、文章をつないでいく。相手の表情やしぐさをみながら、自分の言っていることが相手に伝わっているかフィードバックを受け取りながらコミュニケーションが進む、というのが定石だと思う。

英会話はその場その場の当意即妙のセッションだ。コミュニケーションのラリーがテンポよく続けられると楽しい。
ところが、長い複雑な文章を正しく作成してからそれを読み上げようとしたらどうなるだろう? まず内容を自分の頭の中で考えて、そしていったん日本語で構成して、さらにそれを翻訳しようとして単語が思い浮かばず、無限の時間がかかり、相手は黙ったまま離れていき、天人は降りてきて衣の裾で石を撫でて帰っていき、老い、二人はそれぞれ別れ別れになって死ぬ……THE END.

つたなくてもカタコトでも、短い文章を相手に伝えるといい。
それが、ことば以前にあなたが相手に伝えたい一番大事なこと……「私はあなたの前にいて、あなたとコミュニケーションしたい」ということそれ自体を雄弁に語るからだ。そのひとことを、その都度、言外にお互いに確認していこう。

書き言葉ではあいづちがない。
書き言葉を綴るときに目の前にあるのは紙かディスプレイだろう、と思う。
だから、実質的にあいづちを織り込んだ文章を構成する必要がある。そこであいづちとして機能するのが接続詞や関係詞なのではないか。このあいづちは単語として目に飛び込む。そして意味を息継ぎさせる。読者はそこで一休みできる。
これがいわゆる「英作文」で求められていることなのだと思う。そこでは、面と向かっての相手なしに、伝えたいことの要素を十全に自分の頭から引き出して、誤解ないように構築して提示しておく必要がある。このときに、文章を構築するテクニックとして、関係代名詞などで実現するリズム感が、読み手の側のストレスを軽減し、結果として誤解を減らすことにつながる。

英文法の課程・授業ではひとつのカリキュラムの重要な部分として関係代名詞などの項目が出ないことはない。しかし、それを無理に使う必要は必ずしもないはずだ。

「単文を重ねる」というアイデアは、すでに有名な本「瞬間英作文」シリーズにも見られていることであるといえる。このシリーズは、単文がすぐに口をついてだせるようにあらかじめ練習しておくというものだ。ただ、そのためにあの本を丸ごと覚えなければいけないかというと、わたしにはよくわからない。それよりも、「単文……ひとつの主語とひとつの動詞だけを含む文章……を積み重ねよう」という心がけを抱いてさえいればいいのではないか?

どんどん話すための瞬間英作文トレーニング (CD BOOK)

どんどん話すための瞬間英作文トレーニング (CD BOOK)


イメージしてほしい。自分がお腹をすかせてソフトクリーム屋の前にいる幼児であると。
あなたは隣にいる保護者にソフトクリームをねだる言葉を投げかけなくてはいけない。
そういう、ステップ1からトレーニングしていくということが、英会話において単文から始めるということなのだと思ってほしい。

単文を口にしてみることを思い浮かべてみる。そうすると自分がちょっと舌ったらずな幼児のように思えるかもしれない。幼児みたいに相手に舐められるという気がするかもしれない。

満を持して舐められればよい、ソフトクリームのように。溶ける前に。そして幼児から徐々に精神的に成長していけばいいということだ。

男性も不妊治療? 精液検査は重要! 保険適用の手術で改善することも

……などという、泡沫バズまとめサイト系のような題名で始めてしまったが、実際重要なことである。


※以下とりあえず「妊娠してもいいと思っているカップルの男性は、まだやってなければ精液検査がとても重要」というかたちでの「ブライダルチェック」の重要性を、医者でもなんでもないただのシロウトが個人的にいろいろ調べてわかったことを書いている記事に尽きますので、よろしくお願いいたします。


不妊治療のクリニックというと受診するのは女性が多いらしい。しかし、妊娠がうまくいかないことに対してカップルの男性側に問題が発見されるケースは約半数にのぼるといい、要するに男性もちゃんと自分の問題として考える必要があるのだ。

不妊というのは自然妊娠を試みて、1年間成功に至らなかった場合と定義されているらしい。それを知った時、私は結構スクエアな定義だなと思ったのだが、逆にもっとファジーな定義だとかえって治療が遅れる例が出てしまいそうでもあり、これで良いのかもしれないなと納得するようになった。


妊娠を希望しつつも成功に至らないというのは、実際になかなか大変なことだ。

単に子供が出来るか否かということを超えた意味を、不妊治療は持っている。そのときひとりの人間がこの世に生まれるかどうかということが第一にあるわけだが、さらに、その両親の社会的なキャリアプランや、夫婦としての関係性、それ以前にひとりの男性や女性としての意識がある。たとえば、カップルが不妊に悩むとき、どちらも検査をせずに「自分に問題があるのではないか」とわけもなく巨大な不安だけを抱えながら生きていくのは、とてもストレスのかかることだと思う。

だから、はやくその原因の手掛かりを探すというのはとても大切なことだろう。いま不妊治療の原因や手法というのは色々あって、早めに対処することで「卒業」(妊娠・出産)の可能性が高くなる。特に男性の検査は、普段毎日やっていることをちょっとサンプルとして提出するだけでわかる。それによって、卒業に至るかどうかはともかく、カップルのストレスが激減することがおおいに期待できるわけだ。

 


精液検査は産婦人科泌尿器科でできるようだ。

 


 


この記事は実体験をベースに書かれていて詳しい。これによると価格はクリニックによるようだが保険適用可能なところを探すというのがベターかもしれない。

 


(ヒトの、ではないが)有性生殖を専門とする生物学者として私も容易に想像ができるのだが、実際、一般に有性生殖の問題はとても複雑で、なによりも何段階ものステップを経てはじめて達成される難しい過程である*1。事情もカップルによって千差万別である。だからこそ時間がかかるものだ。だが早く始めれば可能性はずっと高くなるということも事実なのである。

 


さて精液検査をした男性は、冴え渡る灰色の脳細胞状態の目の前にいくつかの数値を提示される。

それは彼のスペックである。

液量、精子の濃度、正常形態精子の割合、運動率など、重要な数値である。

生物学者としては濃度が基準よりも1桁程度低くてもなんとかなるんじゃないかと考えてしまうのだが、そういうものではないようだ。たしかに、私が普段扱っている微細藻類においては、濃度が1桁ぐらい低くても継代培養することができるが、不妊治療の場で問題となる精子は、分裂しない*2。それで例えば精子濃度が1桁低いと「乏精子」状態ということで、治療の可能性を医師と探っていくことになる。


精子濃度低下の原因として上位にあがるのが「精索静脈瘤」である。

これは、陰嚢の中で睾丸から腹腔に戻ってくる静脈に炎症が生じ、正常に静脈血が流れていかず、逆に睾丸に戻っていってしまう現象らしい。静脈血の逆流がなぜ問題になるかというと、まず静脈を冷却水のようにして睾丸を水冷しているのが機能しなくなって睾丸の温度が上がってしまうということや、老廃物や活性酸素種などが正常に排除されないということで、結果として正常な精子の発生が行えなくなるということのようだ。

幸か不幸か、男性自身に特に生活や生命に深刻な影響がただちにあるというわけではない。重度でも若干の違和感があるだけらしい。しかしそれゆえに看過されてしまうことがあるということでもある。精索静脈瘤は進行性という特徴がある。進行性ということは、現在軽症だったとしても将来的に重症になって違和感が出たりするし、また、すでに子供を授かったカップルであっても、二人目を希望した場合に男性に精索静脈瘤が進行してうまくいかなくなるという「二人目不妊」ということの原因になるようだ。


精索静脈瘤の治療には漢方薬が処方されたり、手術をしたりすることになる。日帰りの手術も一般的になって、過去には20万円ほどかかる例があったようだが、保険適用も2018年4月から効くようになって5万円程度で済むことがあるらしい。

それによって精子濃度が向上するということで、単に妊娠可能性が高まるというだけではなく、男性自身の自意識にとっても、大きな影響があるのではないかと思う。カップルの女性側にとっても、アカチャンという希望する未来への可能性が一段と高まったということであり、二人には大きなセイシンテキの高まりがあるだろうことは想像に難くない。

*1:研究つらい

*2:分裂したら大変だ。