年始の風物詩である「箱根駅伝」2022を、ことしはコースにある街でむかえました。
また、ことしはもうひとつ「所属する大学のチーム」という視点もできました。
キャンパス内で、大学のチームのとりくみを紹介する、大学スポーツ新聞が配布されています。また、大学関係者に箱根駅伝の大学チームの応援を呼びかける、パンフレットも配布されています。そうした、大学一丸となって応援するという姿勢は、これまでそうした取り組みのある大学にいなかったので新鮮でもありました。
所属する大学は、かつては非常に強豪で、総出場回数や歴代の優勝回数でも1位であるということですが、近年は押されていました。そういうなかで「シード権」の奪還を悲願に掲げていました。
テレビが家にないので、レースはラジオで聴いていましたが、レース序盤・第1区からいきなり見せ場がはじまり、
「オイオイオイオイオイ」
「マジか!」
といいながら聞き入ってしまいました。
正月明け仕事初めの職場でも、つい、同僚と駅伝について盛り上がってしまいました。
去年以前は、ただのマラソン完走(なお制限時間ギリギリ)経験者というだけの観戦でしたが、ことしはあらたなたのしみかたをみつけることができました。
駅伝から1週間、Amazon Prime Videoにはいっていた映画「風が強く吹いている」を観ました。これもまた、あらたな視点から箱根駅伝の理解が深まる作品でした。この記事ではこの映画と、この映画を観てわかる箱根駅伝のたのしみかたをレビューします。
目次
無名駅伝チームの結成と奮闘のウラにある希望と絶望のドラマは興奮必至
あらすじは、箱根駅伝とは無縁の「寛政大学」竹青荘で、「毎日ジョギングすれば格安で暮らせる」というふれこみで集まっていた10人の大学生が箱根駅伝出場を目指すというものです。
この映画、いや箱根駅伝や陸上長距離というものが、青春、ということばで語り切れないところがあります。長距離という種目は、単なる青春の競技ではない面もあるからです。実際、長距離種目のマラソンの42.195 kmという距離を走るのに2時間を切れるか切れないかということが長年、人類の問題になっていたのですが、それをエリウド・キプチョゲ選手が達成したのは30歳を超えていました。決して若くはないですね。キプチョゲ選手は2021年の2020東京五輪でも金でした。つまり、40歳にちかいいまも世界最速なのです。
ただ箱根駅伝は、その長距離への挑戦をあえて4年間という時間のなかに封じ込めることで、青春という切り口もキッチリと準備されています。およそ100回をかぞえる大会そのものが、演出・ドラマとして非常に巧みだなとおもわざるをえません。そうした演出をどれだけみつけられるかということも、観客が挑戦されているといってもいい。
その箱根駅伝という舞台を借りたこの物語を駆け抜けるのは、ふたりの長距離経験者でした。ひとりは1年の蔵原走(カケル)、もうひとりは4年の清瀬灰二(ハイジ)のダブル主人公というかたちで進みます。
カケルは高校時代から才能あるエースでありながら、ある事件で競技をつづけられなくなった。カッとしやすいところもあり、ルーキーでありながら跳ねっ返りとして描かれます
いっぽうのハイジも、おのれの事情から競技のみちを絶たれていた。それが、カケルの走る姿から心に火をつけられ、無謀ともいえる挑戦に乗り出す。
そのふたりの絶望から、一縷の希望をつかみながら、箱根へのみちをすすんでいきます。
ハイジはいいます。
およそ長距離ほど、才能と努力の天秤が努力の方に傾いている種目はない。
物語をつらぬくのは、チームの背骨となる強靭なハイジの胆力
カケルとハイジは、対照的に描かれていきます。
能力にあふれていながら直情的なカケルのみならず、他の寮生たちもみな癖ばかりであるのを、つねに明るく、しかし冷静に、まとめあげ、ひっぱっていくハイジは、箱根出場と攻略まで、「選手兼監督兼コーチ兼マネージャー」という異常な一人四役をこなしています。
ハイジのかおは映画の中でずっとあかるく描かれる。というより、そもそもハイジの異能があってこそ、この物語が成立するところがある。
しかし、その異能は彼のドン底の絶望のなかで鍛えられたということがわかってきます。彼が、本来であれば輝かしい経歴を刻んだであろう時期を失って何年も経験した絶望のふかさと、そこを通過した強い精神力のことを考えると、生きる勇気が観ているほうに伝わってくる。
ハイジが一度だけ激昂する瞬間がターニングポイントでハイライト
各選手、特にカケルを演じる林遣都さんの走るフォームは、本当の選手なのかと思うぐらい美しいランニングフォームです。
それもあって、カケルのランニングフォームでは、かなりながくカメラがまわっています。
そして、それ以上に印象的なのが、タイムばかりに気を取られてチームのことが目に入らなくなりつつあったカケルに、ほんの一瞬だけ感情的になったハイジのすがたです。
上でも書いた自分自身の絶望と、カケルにたいする期待、やはりチームそのものに対する根本的な不安、それでも捨てない希望と、がまじって、しかもその感情の昂りのなかでもカケルへのコーチングを果たす離れ業を、すばらしい表情で表現されています。
この瞬間が映画のなかでもっともドラマティックで必見です。
原作小説の三浦しをん先生は、若者が何かに打ち込むすがたを小説に描く「勝ちパターン」を築いている
「風が強く吹いている」は、三浦しをん先生の小説を原作として製作されました。
三浦先生はほかにも、辞書編集を描く『舟を編む (光文社文庫)』の同名映画([asin:B00GCHGF72])・アニメ([asin:B01M3RI6H8])、田舎(三重県)を舞台に林業する『神去なあなあ日常』と映画「映画「WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~」【TBSオンデマンド】」、そして最近では、植物学を研究する大学院生を題材にした『愛なき世界(上下合本) (中公文庫)』など、何かに打ち込む若者を描いてきました。
『愛なき世界』は、日本植物学会から、特別賞が贈られています。わたしは植物学会の会員なのですが、3年前の植物学会大会では、三浦しをん先生と、執筆にあたり取材を受けた塚谷裕一教授の対談が行われたのを聞きました。
そのようにして、若者が活動する場を取材して、構想を練り、ウェルメイドなドラマとしてエンターテインメントに仕立て上げる、という「勝ちパターン」を築き上げています。
こんなひとにおすすめ
まず「風が強く吹いている」は、何かに途方に暮れて、希望になやむひとには、勇気づけるような映画です。またやっていこうという気持ちになります。
そして、箱根駅伝は、単に東京から箱根まで行って帰ってくるというだけの競技だ、と思っているひとに、ぜひ観てほしい。それは、かつてのわたしかもしれません。
もちろん、箱根駅伝は、なによりも、東京から箱根まで行って帰ってくる競技です。
しかし、そのほかにもたくさんの見方があります。
- 単純な往復の勝ち負け(総合優勝)だけではない
- 過去の記録を塗り替えるタイムの新記録
- 都心から湘南の海岸沿いを抜けて山を登るコースと距離の多様性
- 往・復で何位かという往路・復路優勝
- 各区の1位という区間賞と過去の記録を塗り替える区間新記録
- 単なる総合優勝でない、全区間で1度も前に出さないで区間賞を総ナメにする完全優勝
- 10位以内に入ることで来年の競技参加を決めるシード権争い
- 各選手は学年という縛りと4年間・4回という出場回数とどこでいつ走るか
- 強豪校に入部することは優勝やシードへのちかみちだが、逆に部内での競争がはげしくそもそもレースに出られない可能性が高まる
- 監督やチーム、先輩・後輩の相性
- 自己ベストの更新
- 大学卒業後のキャリアをかんがえた競技姿勢
- 大学の伝統や、所属・関係する大学
- ナイキヴェイパーフライ(超厚底・カーボン入りレース用シューズ)登場以後のレースの高速化とそれに順応するためのフィジカルトレーニング
- 出身高校など
- 各選手のキャラクター
これは箱根駅伝という競技のたのしみかたのごく一部であるといわざるをえないでしょう。
そうしたことに対して、「風が強く吹いている」は、競技の裏側からえがくことで、いくつかの側面が実感としてわかるようになってくるでしょう。
「風が強く吹いている」は、Amazon Prime Videoで観ることができますね。
もし学生であれば、Prime Studentがいいでしょう。
関連記事