殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

ブラピと啓蒙

お話かわって……私の好きなデイヴィッド・フィンチャー監督の映画『ファイト・クラブ』にこんなシーンがあります。人の心の奥底に潜んでいる暴力性を解放することによって、世直しを目論むブラッド・ピット演じる怪人物が、銃を持ってコンビニを襲撃します。さえないアルバイトの後頭部に銃を突きつけて、彼の財布から抜き取った期限切れ学生証を見ながら次のように言います。「レイモンド……。お前は何になりたかったんだ。言ってみろ。お前は何になりたかった?」レイモンドが獣医だと答えると、「動物か。いいねぇ。お前がどこのだれかはわかった。これからずっと見張ってやる。いいか。六週間以内に獣医になる勉強を再開しろ。もし再開していなかったら……そのときはお前を殺す」何てコトするんだと相棒が抗議すると、ブラピはこううそぶく。「明日の朝、レイモンドが食べる朝飯はオレたちのどんな朝飯よりうまいはずだぜ」
映画館でこのシーンを見た私は思わず「や、やってみたい」と思っちゃいました。ブラピはレイモンドを「啓蒙」しようとしている。教育して生まれ変わらせようとしています。このシーンは、啓蒙とか教育というものが本質的には暴力であること、そして基本的に「余計なお世話」であることを、これ以上ないわかりやすさで描いているわけですね。
戸田山和久NHKブックス 論文の教室 レポートから卒論まで』 あとがき pp.296

この話をもとに、わたしは「論理は暴力を担保にしている」とか、「論理とは暴力の海に浮かんだ島のようなものである」と思った。