質疑応答の記録が戦友(ライヴァル)への掩護になる

研究発表において、質疑応答 (Q&A section) は不可欠の部分である。
いやなコメントや恫喝の場合もある。できるだけ逃れようとする態度は、よくわかる。
ただ、この質疑応答は

  1. 聴衆は理解が至らなかった部分をあらためて確認して、持って帰るおみやげを拡大し、
  2. 発表者はあらたな展開のヒントを得る、

という双方に重要な時間だ。
そうした質疑応答で、特に2番で、質疑を受ける発表者が、自分でメモをとることは基本的で、きわめて重要な行為である。だから、質疑を受けたら必死で答え必死で記録する義務が、発表者にはある。その議論こそが研究発表の醍醐味だ。
ただし、その記録は実際、難しい。
単に知的生産の技術として、メモをとるということは簡単ではない。
そしてそれ以上に、発表者は、あがっていることが多い。精神的にあっぷあっぷということが往々にしてある。メモを十分に取る能力が普段はあっても、発表に集中したためにその質疑のメモを取り忘れてしまうかもしれない。
大学院のとき、たぶん先輩の審査会だったと思うのだけれど、その質疑をメモし、先輩のためにとるよう指示されたことがある。
いま考えると、これは良い訓練だったと思う。まず発表をしっかり聞くようになる。身が入る。またメモを取る場数を踏む。そして、メモが人の役に立つ。
先輩自身もメモをしていたのだと思うけれど、バックアップ、あるいはサポートがあることはよいことだ。
それで、別の研究室の同期が後年やはり審査会をやるのに、おせっかいかもしれないと思ったが、質疑をメモして、メールで送った。そうするとたいそう喜ばれた。彼は別の機関に常駐して研究をしていたので、他の学生が少なく、第三者がメモをとるという習慣がないのかもしれなかった。
そういうことがあったので、質疑応答をメモし、発表者に教えることは、ともに研究に邁進する仲間への強力な掩護になると思う。