殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

からだが語り始めた日

スポーツを心の底から嫌っている私が、体育の授業をはじめて「楽しい!」と思ったのは高校三年生のときである。
それまではクラス性別単位で同じ競技を科せられてきていた。ドッヂボール、サッカー、バスケット。徒競走。ひたすら苦痛だった。体育の授業があるというだけで憂鬱だった。体育の授業を楽しみにしている級友たちに共感することができなかった。理由を簡単に述べておくと「ルールがわからない」「教えられてもその通りに体が動かない」「できる周りのみんなに勝てないから楽しくない」。形式知暗黙知もモチベーションもない三重苦である。
中等教育の終わりである高校三年生という年に何があったのか。
何のことはない。競技が選択制になったというだけのことだ。みんなが殺到するスポーツから目を背けると、ゴルフとダンスとクロッケーがあった。クロッケーはいわゆるゲートボールである。ゴルフには馴染めなかったが、ダンスとクロッケーがよかった。
ダンスのタームが始まったのは6月か7月頃だったんじゃないか。選択体育では3~4クラスがまとめられて再編成される。私たちのクラス群では、高校のダンス同好会の面々がリーダー以下数名、たまたま揃っていた。じゃあダンスやろうじゃんということで、同好会顧問である体育教師の認可のもと、ダンスが選択競技に含められたのではなかっただろうか。
演目は「スリラー」だった。

腰をひらく

スポーツでは腰をひらけばよいのだと気がついたのは大学を卒業しようとする頃だった。