殺シ屋鬼司令II

世界一物騒な題名の育児ブログです。読書と研究について書いてきました。このあいだまで万年筆で書く快感にひたっていました。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

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婚前カウンセリングとジブンゴトのバイアスのようなもの

当家、結婚式を挙げる前に、婚前カウンセリングをした。

婚前カウンセリングは、本当の教会で、本当の牧師様に執り行ってもらうときには普通のことのようだった。

挙式後、ちょうど一年が経過したとき、「車検」と称して再度面談をした。

このカウンセリングとフォローアップの過程は、すごく良かった。

カップルどちらかに肩入れすることのない、一定の外部の視点があるということが、いいのかもしれない。

そこには、おおくのカップルを見てきた牧師様の、経験の蓄積もある。

ひとは、どうしてもジブンゴトとなると、熱心になる一方で、強く強くバイアスにますます捉われる。「どの」バイアスかを指摘することは、難しいが、ごく一般的に、確証バイアスといえるものだろう。自分はだいじょうぶ、という証拠を集めてしまうアレである。

やっぱり自分がただしいと思い込みたい部分が誰しもある。私だってそうだと自覚してはいるものの、人生の現場でそれをちゃんと再認識して実行できる場面は少なく、あとになって後悔するのが常だ。

この、「ジブンゴトの弊害」に介入する効果が、カウンセリングにはあるのではないかという気がする。

バイアスの具体的なものとしては、結婚して1年間で、不満とか要求は無限に出てくるんだけど、感謝する点はなかなか出ない。

驚くほど、出ない。

そして、そうした相手への感謝をとにかく脳汁が涸れる気分でいくつもいくつも搾り出すよう、指示される。

そういう、よくあるといえばよくあるものをちゃんとやる。

ひとつ、お読みになっているかたで「感謝、大事だよね」と要約されるかたがいるなら、ぜひとも注意を喚起したい。そういうことじゃない。

いいたいのは、結婚という形式のパートナーシップに生じるバイアスが「たとえばひとつには感謝の劣後化というかたちで出来してくるけど、それ以外にもきっと無数にあるよ」ということなのだ。


大事なのはそれを二人の対話の機会をもうけて発掘・解消していく、いや、それに向かっていこうとする姿勢そのものだということは、いうまでもないわけである。

(2024/02/26追記)
例えば、この本を読んでいて教えられたが、「責任のバイアス」があることがわかっている。

家事の分担、子供の世話など、生活における20の質問……(に)……夫婦はそれぞれの調査項目について、自分と配偶者が決められた役割にどれくらい貢献していたか、数値による評価をつけてもらいました。例えば皿洗いで自分と相手が半々の貢献と考えれば、50ずつ貢献したと評価するので合計100になります。

しかし、結果は37組中27組の夫婦が評価の数値が100を超えました。つまり夫婦の両方、もしくは片方が自分の貢献度合を過大評価していたのです。

元研究
https://doi.org/10.1037/0022-3514.37.3.322

人間は自分の貢献度を過大評価するバイアスがあるというのが責任のバイアスだ。