手術を受けました

「そけいヘルニア」の手術を17日に新宿で受けました。
手術自体は日帰りです。いまは寝たままパソコンでこれを書いています。2日間は仕事が出来ないでしょうと言われたので研究室には「手術なので休みます」と3週間ほど前に伝えました。それからあれよあれよという間に手術の日が来て、あれよあれよという間に家で寝ています。この時のために寝たままパソコンを構築したかのようです。
何針縫ったのかは良く知らないのですが、切開は20 mm程度だと説明されました。長さを告げられたのではなくて、「このくらいです」と外科医に教えられたのです。

そけいヘルニアについて

ヘルニアというと椎間板ヘルニアのことを思い浮かべる人がどうも多いようです。私なども母親がその雰囲気があって小学校の頃はヘルニアと言えば腰を痛めることだと思っていました。それが誤りだと知ったのは小学校時代、友人森川に手塚治虫ブラックジャックを借りたとき、へそから腸がぶくぶくとはみ出したいわゆる「脱腸」という意味でのヘルニアを知りました。こちらが本義というのは変ですが、ヘルニアと言えば脱腸で、椎間板ヘルニアは脊椎の間から椎間板がはみ出していることを脱腸にたとえたものでしょう。ただ、脱腸というのは医学的に正確な語用ではないようです。なぜなら、体腔から逸脱するのは腸だけではなく、膀胱や卵巣もあるらしいからです。
そけいヘルニアは頻繁に起きやすいもののようです。そけいとは鼠径のことで、フトモモの付け根の下腹部です。何故起きやすいかというと、ここはそもそもそこに穴があいているからです。男性は発生の過程で、体腔内で成熟しつつあった生殖細胞器官(精巣)が体腔外に出て、陰嚢へと移行する必要があります。陰嚢は体腔外にあって生殖細胞が熱せられれて機能不全に陥るのから救っています。精巣が体腔外に移動するときの穴は、おおくの場合、次第に狭まっていくものだそうですが、一部の人は十分にせばまらないそうです。ここから腸や腹膜がちゅるっと外に出てしまうと、ヘルニア、鼠径ヘルニアになることになります。
ただ、この部位のヘルニアは必ずしも男性の幼年期だけではなく、壮年期になって下腹部の筋肉が弱まってきた人も出るということです。また、女性でも若いうちになったという話を聞いたこともあります。

脱出した臓器をヘルニア内容、その臓器を包む腹膜をヘルニア膜、腹壁からの脱出口を内ヘルニア門、外ヘルニア門という。成人では腹壁の弱くなった老人や重労働者、婦人などによく発症する。一方、小児では例外なく胎生期からある腹膜鞘(しょう)状突起が開存(かいぞん)してヘルニア膜となり、発症する。
(C)小学館 スーパーニッポニカ百科事典

私自身は、いわゆる鼠径ヘルニア状態、陰嚢の中に3つ目のむっくりした存在者が鎮座ましましている状態については、中学生か高校生の頃から気がついていました。ただ、その症名については当然知りませんし、他人の目に触れるところでもないので指摘されることもありませんでした。ひとつの陰嚢の中に、ふたつの睾丸のほかに、なにか別の存在者がいる---「それはそういうものなのだ」と思っていました。尿をためておく膀胱みたいに、精液のタンクのようなものがあって、それが自分はたまたま外に出ているのだ、と、こう思っていました。
これが疾患なのだと気がついたのは、大学院の修士一年の頃でした。呑み会の席か、得意げに「俺、実は、3つあるんですよ」「マジで、それはヤバいやろ」みたいなY-talkになった流れでした。そこで、上に書いた精液のタンクだと思う、という思いこみを話しました。しかし、それはない、そんな構造はそこにはない、と言下に否定され、ではなんだろうと、google:陰嚢 睾丸 3つのように検索をかけてみました。その時はじめて、いくつかの可能性がある中で、それがどうやら鼠径ヘルニアという状態だということを知りました。
ちょうど3年前の夏でした。
以来、腸は私の陰嚢に出たり入ったりしていました。朝おきて見ると影も形もなく、腹の中に引っ込んでいるかと思えば、「朝のお勤め」でウッと息んだ瞬間ににゅるにゅると出てくるのでした。その出入りしやすさは太っているときと痩せているときで大きく違いました。太っているときの方が腹にも腸にも脂肪がつき、痩せているときは比較的しゅるしゅると出たり入ったりしました。
私は腹式呼吸しかできないのですが、体腔の大きさは横隔膜を操作することで変えることが出来ます。これによって、出ていた腸を体腔内へ引きずり込むこともありました。そうして実験などをしていると、意に反して腸は出てきたりするのでした。そのときの感覚というのは実に人に説明するのが難しい。苦痛と快楽の未分化な、内臓的な、言うなれば原初的なソトとウチとの境界を最も根底的なレベルで侵犯される感覚でした。

手術について

そのとき既に、どういう手術をすれば直せるのかというのはわかっていました。穴というのは独りでには狭まらないのですから、人為的に蓋をしてやらねばなりません。そのためのメッシュを菊の花形にすぼめたものを腹膜の外側、筋肉の層に埋め込み固定し、縫い合わせるものです。手術は日帰りであるということでした。

治療は手術以外に完治を望めない。成人の場合は腹壁の脆弱(ぜいじゃく)性に起因し、小児では腹壁でなく鞘状突起の開存に原因を求められるため、同じ病名であってもその治療法は根本的に異なる。すなわち、成人では腹壁の補強がもっともたいせつであるが、小児では腹膜鞘状突起の高位切断のみで目的が達せられる。
(C)小学館

ただ、これまでに他に手術を受けたことがなく、おっくうになっていました。
最近、ある拍子に腸がいつもよりも大幅に逸脱したのを感じ、これはいかん、いよいよかと肚を決めました。博士課程2年でもあり、学位取得後は日本を離れるのを検討してもいるので、博士課程3年目の怒濤の前に、余計な面倒は済ませてしまうのが良かろうと思ったのです。
思い立ったが吉日、google:そけいヘルニア 手術で上位に来た、交通の便の良い外科に連絡をとり、初診の予約を入れました。それが10月24日であったかと思います。問診・超音波・血液採取・心電図を受け、手術の予約を11月17日に入れました。手術の日は、自分と家族の署名の入った同意書を必携のこと、と一連の説明を受けました。全身麻酔をして眠っている間に局部麻酔を施し、切開すると言われました。
なぜ3週間ほどの間をわざわざ見たかというと、11月15日には所属している合唱団の定期演奏会があって、歌わなくてはいけませんでした。歌うためには腹を使わなくてはいけません。私は素人なので本番の直前まで練習をしないといけません。そのために、10月24日から11月15日までどの日も手術ができませんでした。
当日、予後の薬を受け取り説明を受け、問診の後、着替えて手術室に入りました。実は朝から少し鼻水が出たのですが、左手に血圧計、右手には点滴を打たれ、横たわった十字架のような手術台に固定されました。CDでB'zの曲が流れていました。Love phantom、そして次の曲、恋心に行き、センセイ、センセイと歌っていました。ハマヂさんはアルバイトはなさってますか、と外科医が問い、いえ、私は研究で…というと、おお、やはり研究一筋ですか、それでは全身麻酔を点滴から入れますので、若干痛みます、と言われました。看護士は点滴部位をさすっていました。そのうちに視野が狭くなり、ああ、しびれてきました、と言ったところで意識が途切れました。
次に気がついたときには音楽はクラシックだったように思いますが、よく覚えていません。目を開けると、看護士が、覚醒しました、と言い、点滴が抜かれ、また看護士が、緑茶をお出ししますか、ホットティーにしますか、ハーブティーにしますかと言われ、ハーブティーおねがいします、と答えたようです。この辺も意識が朦朧としていました。更衣室(リカバリー室、と書いてあったようです)に戻され、お茶が来て、大丈夫そうでしたら診察室にお越しください、と看護士に言われました。はあ、と力無い返事をしながら、坐ったり、着替えたり、お茶を飲んだり、坐ったりしているうちに、ああ、ここの人たちを待たせているんだ、と気がついて、そそくさと部屋を出ました。以前、何回かマッサージ屋でマッサージを受けたことがありましたが、感覚としては近いと思いました。
15時20分に到着して、17時過ぎには退出したことになります。
費用としては初回の診療(検査など)と手術をあわせて今まで、国民健康保険がきいて3割負担、5万円強になったみたいです。

予後

基本的に寝ています。というのは、手術当日はまだ麻酔が効いていて痛みはありませんが、翌日朝からずきんと痛むようになりました。そのため内服の鎮痛薬と、その副作用を緩和する胃薬、そして感染症を防ぐ抗生物質を処方されていますので、食後に服用しています。あまり動かないのは良くなく、便秘やエコノミクス症候群になるというので散歩程度の運動はせよと外科の方から言われていますので、昨日も夕食は外に出ました。また今回、術後は彼女にあれこれと身辺の世話をしていただきましたが、やはり折に触れて痛みますので、自分一人では難しかったでしょう。感謝。
今後の予定ですが、来週火曜日にまた術後の経過を診てもらいに行きます。
咳き込んだり鼻をかんだりすると、ずん、と痛みが来ますが、次回にでも何か言われるでしょう。それまでは痛みに耐えるだけでしょう。