熊本市街

学会のため、肥後の国を訪れている。
空港からバスで40分、熊本市街は軽く栄えていた。街に元気がある。中心部はアーケードで、パルコやスタバがある。そこはJRの駅からは少々離れているのだけれども、代わりに路電が街路を縫っている。東京でいえば吉祥寺の雰囲気を持っている。裏路地に入れば洒落た店がある。フリーペーパーのグルメガイドにステーキハウスの紹介が出ていて、圧倒的に吸い寄せられてしまった。頭の中にはパトさんの「ニク ヲ タベ ナケレバ ナリマセン」という声が響いていた。ステーキハウスもいい感じだった。箸が出てきた。シェフがさやえんどうやにんじんを目の前の鉄板で炒めたあと、厚切りの肉をそこで焼いて切り分けて一口大にした。肉は柔らかかった。おろしポン酢、わさび醤油で食べたサイコロステーキは新鮮な刺身のように思えた。ごはんおかわり自由との触れ込みに甘えてみた。
食にもとても期待が持てたが、心に強く響いたのは本屋だった。アーケード街の「長崎書店」は、規模こそ小さいものの、かなりツッパっていた。店を見た瞬間ちょっときてしまった。まず、2階にメンズカジュアルのテナントが入っているビルの1階部のショーウィンドーには、よい眼で選ばれた本が並んでいた。店の内装は少し暗めで、広さは、渋谷ブックファーストの1階分と同じぐらいで、たしかに陳列冊数は少ないものの、選択がすばらしい。例えば、学術寄りの文庫、平凡社ライブラリ、ちくま学芸で例をあげよう。それぞれ、30種類ほどしかない。それだけ限られたスペースに、前者では「思想のドラマトゥルギー (平凡社ライブラリー)」、「ニーチェ〈1〉美と永遠回帰 (平凡社ライブラリー)」、「ニーチェ〈2〉ヨーロッパのニヒリズム (平凡社ライブラリー)」、「精神現象学 (上) (平凡社ライブラリー (200))」、「精神現象学〈下〉 (平凡社ライブラリー)」が入っているし、後者では「人間の条件 (ちくま学芸文庫)」、「オイラーの贈物―人類の至宝eiπ=-1を学ぶ (ちくま学芸文庫)」が含まれている。決してルーチーンに並べているのではありようのない品の揃え方である。
書店でみつけたもうひとつ、若者向けのタウン誌があって、最新号はビーチにいた水着の人たちを巻頭特集に載せていたり、服やヘアスタイルのコーディネートを載せていて、ああ軽い感じなのかなと思ってさらにはぐっていくと、老人がインタヴューを受けて「私が経験した戦争」に答えている。それに続き、社会に去来する様々の問題について、世代別に読者の意見を載せていたりした。これも学生の幼い思いつきの腐臭漂うような単なるエントリーシートメイキング活動でもなければ、ちょっと有名どころのインタヴューを載せれば何とかなると思っている広告意図ミエミエの萎え萎えフリーペーパーなどとは違う。要するに、ここは当然東京ではないのだが、自分たちは自分たちの街において成しうる最善の活動を目指す、そして目指すだけではなく実行し、遂行している、元気精神が眼前を過ぎていくのを見た。