想像をつつむ

id:kamayan:20061011:1160521802に鋭い指摘がある。

「物心がついていない」生徒は、国語の得点力が低い傾向にある。

さらに、この文章の後のほうに、これと対比させたはなしがある。物心が付いていなくても算数や数学ができる子がいて、それは自分で問題を抽象化しているのではなくて、たんにパズルのようなパターン認識をやっているだけだというのである。
私は逆のことを考えている。
国語が好きだった人は、逆説的だが、文章が書けない、と、いつからか思うようになった。国語の授業のなかでよしとされる「想像力」が、数学によって再構成されていないかぎり。ただ、数学ができるだけというのも、それはそれで、id:kmiura:20061012:p2のいうように、「自己無謬性、相対化できていない考え方、抽象化の乏しい意見などなど」にみちあふれた理系大学院生(!)を生むことになるのかもしれない。
私自身の経験から言って、いま最も文章を書く上で役に立つと思うのは、英語である。英文法は、初等・中等教育課程における唯一の体系的なレトリックに関する講義である。その、最も簡便にして効果的な訓練方法が英文和訳である。和英の語彙の差異に注目することにより、ひとつのことば、単語で勃ち昇ってくるものを意識するようになった。
付言すれば、理科と社会の諸教科は、「想像」と「構成」という2つの志向を用いて、「具体的に想像する」という訓練をやる場ということになるか。