日本植物学会からゼニゴケに関する総説が公開|一貫した視座

日本植物学会の総説集「植物科学の最前線」の最新公開は「古くて新しいモデル植物ゼニゴケ:陸上植物の多様性・普遍性の分子基盤を探る」となっています。

第74回大会シンポジウム 「古くて新しいモデル植物ゼニゴケ~陸上植物の多様性・普遍性の分子基盤を探る~」の総説集を発刊することができました。
日本発のモデル植物として脚光を浴びているゼニゴケについて、ゼニゴケという植物の詳細から現在のモデル化された状況までの全てを知ることができる力作揃いです。

ゼニゴケは近年非常に研究者が増えつつあり、重要な研究材料植物です。今回の総説集は、今後、教科書のような役割を担うことでしょう。
この総説集が面白いのは、そのゼニゴケについて、いわば「全方位」的把握を試みたモノグラフであることです。全方位というのは、遺伝学・ゲノム・分類学/形態学・細胞生物学・生理学・分子生物学・発生生物学・進化生物学という、ひとつの生物を解析する切り口を、だいたい網羅することだと考えてください。
こうした試みはゼニゴケに興味がある生物学者だけじゃなく、他の分野の生物学者でも、数年に一度は目を通しておくといいのではないかと感じています。いわば「デフラグ」といえるでしょう。普段、微に入り細を穿つ研究を進めていると断片化していく生物学的な知識を、いちど高いところから俯瞰して全体観を忘れない姿勢は、困難ですが、実りあるものだと思います。
生物学を勉強している真っ最中の学生も、読みは浅くとも、通読しておくと、ヒントが得られるでしょう。背伸びをして論文を乱読するのとおなじくらい、教科書で総体的把握を積むことが後年の糧となります。
私は以前、同じような事を考えて「生物学的世界像」なる図を戯れに作成したことがあります。

一種の「ぬり絵」だとおもってください。
生物学の論文を読めば、だいたいどこかのマスを塗るような図が載ります。その図(データ)が決定的であればあるほど、ぬり絵が濃く塗られることになります
例えばCell誌は生物学分野で非常に権威のある雑誌です。ここに掲載される原著論文は、扱うテーマの面白さに加えて、あらゆるレベルでの徹底した解析が要求されます。「生物学的世界像」でいうと、「個体の壁」*1から左半分全部にわたってベッタリベッタリと色濃く塗られることになるでしょう。
いっぽう、別の意味で権威あるNature誌やScience誌に掲載される論文というのは、ひとまず面白さの一点突破がかなり要求されるような印象があります。これはいうなれば、あるマスが、極端に濃く塗られるような、くっきりとした印象の論文になります。とはいえ、Supplementary dataとして添付されるマテリアルは、ちゃんとその他の部分を広く濃く塗ることになり、やはりCell誌と同様の労力を必要とすることがわかります。
逆にいうと、ある分野で、こうした解析がスコッと抜けた部分があったら、そこが狙い目ということになります。
若い学生は特に、総説・教科書を読み、そこに書かれていることを把握する先に、「書かれていないこと」を読み抜き、新しいテーマを見出す経験をしてほしいと思っています。

こういうことが書かれている。
だとすれば当然、ああいうことも書いてあっていいはずだ。しかしそれは見当たらない。
なぜだ?

このようにして私はひとつのテーマに逢着し、洗い出して、大学院を過ごした研究室の門を叩きました。そのテーマは結局、当時としては実現性が低いもので、別のテーマで学位を取得しました。しかし、いまも忘れているわけではなく、機は熟しつつあり、そこに能力を積んだ上で自分が特攻むという理想を抱いています。

*1:個体、というのは生物学においては非常に特異な位置を占める概念です。この世界像の左半分から歩いて行くと、個体というのはあまりにも巨大な存在として立ち現れる。いっぽう、右半分から歩いて行くと、実にちっぽけなものとして解消してしまう。この