殺シ屋鬼司令II

読書と研究について書いてきました。最近は万年筆で書く快感にひたっています。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

嗅覚

日本の高校生のトップ層が米国の学部に留学するという話などは目新しくも何でもなかった。
ただ、私がそれを富裕層の動きだ(「首都圏の坊ちゃん嬢ちゃん」)と見たのに対し、クキは、将来を考えた時に留学にかかるコストよりも利益の方が大きいという嗅覚の働く家庭なのではないかという見解を示した。私はクキにまだ同意していない。
多様性ー有能ー進歩だったかのときのように、おそらくまた「疑似相関」という反論が来るだろうが、その反論に甘んずる覚悟はある。ありながら、私は噛み付いていく。米国大学の学部……特にそのトップの学部……に入学するというときにいったいどれだけの費用がかかるか、手続きの中でそれをどれだけ証明しなければいけないか、クキは知っているのかと。
私も「平均」を知っているわけではないし、また、クキが引いてきた話にも統計を示してはなかった。ただ、典型的な例として、ハーバードやらMITの学部は学費年4万ドルかかるでしょ。450万円?
これに生活費とか加える。ボストン、家賃バカ高いらしいよ?
dormとかは違うのかも知れんけど。しかも、それを払えるだけの証明書も提出しなくてはいけない。ビザのために、基本的にバイト等は不可(だと思っていた)。なんだよ証明書って。……とか、思っているうちに高校時代の私は留学する意思を完全に喪失した。
まず、米国の一流学部に関しては大いに家計の事情が絡むのだということを、俺は弁慶のように主張したい。命尽きても仁王立ち。
コインランドリーの乾燥機がぐるぐる回るのを見ながら、視界は2年弱巻き戻った。
ある会社の面接だったかな。
「留学しようとか、考えなかったワケ?」
「そのつもりでした」
「なんでしなかっタの?」
「…お金がありませんでした」
「そう? でも、僕は全部金を自分で調達して留学したよ? 方法はあったんじゃないの?」
「…知りませんでした」
私の情けない話だ。
最近私が「有言実行の人である」といってくれる人が何人かあった。でもそんなことはない。私は、たしかに動いてもきたが、動かずにしまったものなど数知れない。
どう動くか、わからない。それはマニュアル世代というのか。
そうなのだ。問題は「なぜ留学したいか」に帰着する。全てを凌駕するモチベーションなどない。それこそ思案を重ねていけば、はっきり言って、留学しようが日本で大学に行こうが、モチベーションで差は出ないのである。どっちでもいい。
だから嗅覚などという話が呑み込めなかったのかもしれない。
書いていて淋しくなってきた。やめる。

有り体に言って

日本の大学と米国の大学のベネフィットの差がコストの差に見合わないという思い込みが私にはある。だから嗅覚云々に反発した。そして私は問うことになった。典型的な一流大学に必要なコストを、クキは知っているのかと。学費も桁がちがうのであると。
一方で、私は、単に家計の事情ではないという可能性があることについても一定の理解と可能性を示した。ただし、これがおおっぴらにあるものだとはとても思えない。具体的にいえば、いろいろなものをまとめて、全国で数人-数十人というレベルだろう、全額支給タイプの奨学金ならば当然ありうる。これが統計にどれだけ効果を及ぼしているのかは別箇計算が必要である。