殺シ屋鬼司令II

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エントロピーのなじみにくさにキチンと向き合う『これならわかる熱力学』

シュレーディンガー『生命とは何か』を読んで、やっぱり熱力学をちゃんとやりたいと思った。

大学初年度の熱力学の講義をまじめに取り組まなかったツケが回って来てしまったのだ。

それで、大学で熱力学の本を見ていた。そして見つけたのがこの本だった。

この本の成立

この本は大学教員が、研究室に配属される学生で熱力学の理解の弱いところを補強するためのラボ内文書をベースに、講義資料として膨らませたものをさらに本へとまとめたものという体裁で、ページ数は80ほどしかない小著だ。

その熱力学理解の弱点というのは、ぶっちゃけたはなし、エントロピーである。

4つの基本物理量

熱力学には4つの基本物理量がある。気圧・体積・温度・エントロピーである。

気圧計はある。体積はメジャーではかることができる。温度計もある。

エントロピー計だけがない(らしい)。

なのに、基本物理量らしい。

その結果、エントロピーの理解がなおざりになり、さらにその概念を使わざるを得ないいくつかのエネルギー概念の理解に失敗してしまって、学生たちが苦労するというわけだ。

とてもよくわかる。もちろん、学生の側の気持ちがである。

そういう、エントロピーってやっぱり学生はなかなかわからないんだよね、ということをスタートに書いているところがすごくいいなと思った。

おもしろいコラム

『これならわかる熱力学』で気に入ったのは、コラム「カラマーゾフの兄弟に見るエントロピー」という、ナゾの1節である。

もちろん、ドストエフスキーのそれである。

熱力学の4つの基本物理量としての、気圧・体積・温度・エントロピーを、フョードル・カラマーゾフの4人の息子になぞらえているのだ。

でも私はいつもスメルジャコフってエントロピーみたいだなと思いながらこの作品を読んでいる。
(p.4)

要するに、エントロピーだけが熱力学の基本物理量の中でいつも飛び抜けて学生の理解が浅くなっている、という実地の研究教育現場での観察があるということだと思う。

もともとラボ内文書だったという出自もあるのだろう、著者の等身大の感性があらわれていて面白い。

おもしろい練習課題

章末に、課題のような練習問題がついているのだが、それも面白い。

9章の、身近な表面張力の効果を挙げよ、という問題の解答例として記されているのが以下の文章である。

例えば、スルメの姿である。生のイカを乾燥させると細胞の中の水分が蒸発する。細胞内の水分が減少するに従って、細胞壁原文ママ)が水の表面張力によって互いに引き寄せられる。その結果細胞は収縮し、スルメとしての干乾びた姿になる。ちなみに、液体と気体との界面を持たない超臨界状態の流体を用いて生物を乾燥させると表面張力が働かないため、生のかたちのまま乾燥させることができる。生体を電子顕微鏡観察するための技術として使われている。生のイカのままの姿のスルメを作ることができる。しかし、食べたくはないであろう。

生のイカの姿のままのスルメ……そんな視点があるのか! とおもわざるをえないだろう。

正直なところ、安全ならば食べてみたくはある。

「分子調理」っぽくておもしろそうだ。

とっかかりとして

ただ、やっぱりそれで熱力学が理解できたとは思えない。

結局、生命とは何かという問いをかんがえなおすために熱力学を勉強しようとしている。

『これならわかる熱力学』のエントロピーや自由エネルギー概念を横目にみながら生細胞のことを想像してみるのだが、まだいまいちうまくいかないでいる。

いちど正統的な教科書をあらためて通読したいと思う。

たとえば、以下のような本だ。

いましばらく遍歴は続きそうである。