筋肉の公文式『プリズナー・トレーニング』

プリズナー・トレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

プリズナー・トレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

健康な肉体を欲してボディメイクに関心を持つだけでなく、何かに上達するということそのものを考えるときも参考になる本に出会った。『プリズナー・トレーニング』である。この本は自重筋肉トレーニング教則本だ。巨大なマシンのあるジムに契約するのではなく身近な器具や設備で筋肉を強くすることを目指す。

なぜ著者がジムの不要を主張するのか? それは、書名の通り、著者がトレーニングを極め、またコーチを実践してメソッドとして確立したのが刑務所での服役中だった、というからだ。監獄という、一般の経済活動から隔絶された不自由な状況下で、肉体と精神の自由をまもるために、ひたすらトレーニングをしたという。

メソッドは禁欲的であり、一朝一夕に目に見えて筋肉が肥大するわけではない。また本の構成上も、大事な要素が本のあちこちに散在してあるので、実践者は何度か通読し、メソッドの総体を自分なりに再構成して理解する必要があるだろう。私自身、アマゾンのカスタマーレビューで、どれだけ自信があっても、ステップ1からやらなくてはいけない、と書いてあることで目を開かされた。

メソッドの概略

メソッドの総体をわたしなりに説き直すと次の箇条書きになる。

  1. 6種目紹介してあるが、これまでの身体経験の有無にかかわらず、メソッドを始めたばかりの新入りは、プッシュアップ・スクワット・プルアップ・レッグレイズの4種目だけやること。オヌシらはブリッジ(背筋)とハンドスタンドプッシュアップ(逆立ち腕立て)には早すぎる。4種目がステップ6まで行ったら「限定解除」である。
  2. 最初は各種目、ステップ1からやること。ステップ1は負荷が比較的小さい。すごくラクなものもある。
  3. 新入りは週二回だけやる*1。月曜日にプッシュアップとレッグレイズ、金曜日にプルアップとスクワット。あとは休む。
  4. それぞれの種目の各ステップは、最低1ヶ月間取り組むこと。
  5. 次のステップに行く前にそのステップの「上級者」のセットをこなせるようになっていること。
  6. 6種目全てのステップ10を目指すこと。

メソッドの意味づけを考える

初心者が行うべき4種目は、「上半身/下半身」と「伸展/屈曲」の2x2のバリエーションであると理解できる。そのうえで、各部位にかかる負荷が段階的に増大するようにステップが構築されている。

伸展 屈曲
上半身 プッシュアップ プルアップ
下半身 スクワット レッグレイズ
  1. 上腕=上半身の伸展運動であるプッシュアップの典型的なものは腕立て伏せがあるが、これはステップ5に位置する。プッシュアップのステップ1に位置するのは、壁に向かって腕を突いて、頭頂からカカトまで一直線(※プランクをイメージすると良い)にして腕を伸縮するウォールプッシュアップである。はっきり言って楽である。
  2. スクワットは下半身の伸展運動といえる。ふつうイメージされる、中腰まで腰を落として戻すものはステップ4か5に位置する。ステップ1に置かれているのはショルダースタンドスクワットだが、これはなんと肩で逆立ちしたところから下半身を伸縮させる。新入りが最も驚くところだろうし、わたし自身、驚いた。肩で倒立するというところがそもそも難しい。しかし、下半身への運動負荷ということで考えてみれば、ここで下半身に負荷がかかる重量分は両脚だけであり、正立したときに下半身にかかる上半身のより明らかに軽い。メソッドの設計としては非常に合理的であるといえるだろう。
  3. 上半身の屈曲運動はプルアップで、腕で身体を引き上げるものだ。プッシュアップのステップ1が壁に手をついていたのとちょうど逆に、ステップ1は胸のあたりの高さで掴める手すりや柱などの対象に引っかかった腕で身体を遠ざけたり近づけたりする。何のことはない。しかし1月現在ステップ2に進んで、近所の公園の鉄棒に下から掴み、プランクした身体を腕で上げるホリゾンタルプルを試みているのだが、全く歯が立たない。仕方ないので、緩くした「インクライン」プルとでも言える角度で試みて、ようやく20レップスで1セットできるかどうかというところである。
  4. レッグレイズは腹筋で、下半身の屈曲運動に相当する。腹筋とは言っても、いわゆる腹筋運動で行われることの多い「クランチ」を取らず、脚を挙げる動きが中心のレッグレイズ運動になる。このステップ1には、椅子に腰を乗せて空中で脚を伸縮するニー・タックが位置する。これは、一見穏やかであるが、運動を日常的に実践していない状態からはかなりの負荷になる。負荷が高すぎる場合は、伸縮の移動距離を調節するよう指示されている。

たとえばウォールプッシュアップを実践した読者が物足りなく感じるだろうことは、著者も見通している。そのうえで、2例のケーススタディをしている。

メソッドにしたがわずにステップを飛ばし、自分ができると思い込んでいるステップから始めて駆け足で進めていく人と、自分で高位のステップをできると思っていても「ステップ1からやる、敢えてね」という人。この本が、ひとつのメソッドを説くものである以上、前者の惨めな結末と、後者の輝かしいそれとを並べてみせるとき、それらが実話であるとは、わたしも信じているわけではない。

しかしながら、私も、自らのジョギングからマラソンへの道のりで筋肉や腱のストレスを経験し、プリズナー・トレーニングメソッドの記述にリアリティを感じた。また、低負荷から徐々に時間をかけて負荷を高めていき、フィジカルな熟達を目指すメソッドの構築そのものに強い興味を抱いた。

やっていく

読んで最初に試そうとしたとき感じた。

「このウォールプッシュアップは、さすがにゆるすぎるのではないか?」
「ショルダースタンドスクワットは無茶なのではないか?」

だが私はひとまず試してみることにした。

率直に言えば、わざわざスクワットの最初期ステップとしてショルダースタンド状態から脚を上下させる「見かけ上の無茶」と、その種目で照準する部位である下半身の伸展運動として実際にそれが負荷として最も軽微であることの合理性・間違いなさとの間のギャップにわたしは激しく萌えた。だって、重量から見たとき、上半身を上下させるより脚を上下する方が文句なく負荷小さいでしょう。

11月からこれらを新入りとして実践したわたしが最初に感じたのは、ステップ1といえども次のステップに行く前の上級者のレップスとセットは非常にタフだということだった。ウォールプッシュアップは壁に手をついて斜めになり、プランク化した頭頂から踵の一直線を、自らの腕で壁に近づけて離すというものだが、上級として要求されるのは50回x3セット、都合150回である。

壁に手を付いたプッシュアップ(腕立て)であっても50回を3セットやるとかなり厳しいものがある。それを1週間に1回きっちり決めていくと余裕が出てくる。余裕が出ると言うのはフォームであり、筋肉そのものであるよりもむしろそれらを結合している骨や腱の結合組織を時間をかけて刺激し養っていくものである、ということが説かれている。

忘れられがちなモノたち。腱と神経

腱や結合組織はなかなか鍛えられないのだが、刺激することで緩やかに形成していくということだと思う。私は、あらためて総説記事を論文データベースから検索して確認してみた。トレーニングにおける傷害からの回復は、筋肉であれば数日で成るところを、腱は数週間かかるというものらしかった。コラーゲン、エラスチンといった組織の分子の生産には4日から21日かかる、と書いてあり、21日から60日までにコラーゲンが肥厚強化するという*2。そういうものなのかと思った。

さらに、筋肉と腱に加えて、いわば神経が同時に立ち現れてくる。身体をコントロールする運動神経は、プルアップひとつ取っても、上腕と前腕とどちらにどういう順番で力を込めていけば自分のトルソーが持ち上がるのか、ひとつひとつ学んでゆく必要がある。自分が身体のその部位を動かせるというような確信、自分のフォームがそんなに間違っていないという感覚はもっとも軽微なものから順々に進めていくにこしたことはない。

早い話はこれは公文式である。確実に絶対にできることから、反復練習をしていく。むしろ逆に今回、筋トレに公文式と言う考え方を当てはめることで、座学・勉強で簡単なことを反復練習することの意味が、知識それ自体よりもむしろ考え方の方向性であったり、自分がいましがた犯してしまった誤ち・ミスに気がつくという振る舞いそのものがひとつひとつ養われていったのではなかったか、と気がつくことができたとさえ言える。

公文式に象徴的な、簡単なことを反復練習することの意義として、自信がつく、という意味合いで論じられてきたと思う。ある意味でその公文式の世評や自評は正しいのだが、いま、もっと正確に言うことができると思う。つまり、自分がやったことが正しいという実感とか確信といったもののことだ。

だからその自信っていうのは、根拠のない「俺はできるぞ」と言うものではなく、「俺が今やったこれは確実に正しい」という確信のことだったと思う。それは、そこまでの反復練習を通じて、「問題を解く」だけでなく「問題を見直し、正しいか確認する」、いわばプルーフリード(校閲)・反省の目を持っているかどうかに掛かっていただろう。

現状

このメソッドでトレーニングを始めて3ヶ月弱が経っただけで、メソッド進行のガイドライン自体がかなり禁欲的だから、プッシュアップとスクワットがステップ3に、プルアップとレッグレイズがステップ2である。特にプルアップは、ステップ1のバーチカルプルアップとステップ2のホリゾンタルプルアップの懸隔が自分にとっては大きく感じられる。公園をいくつか巡り、その時点の自分に最適と思える高さのバー(鉄棒)を探すが、下が砂地なのでかなりつらい。

ただ、若干の変化があった。私は現在、天気のいい日は自転車で通勤している。途中、標高差にして40メートルのアップダウンがあり負荷になっている。これで、トレーニングを始めるまで27分かかっていた通勤のタイムが20分前後まで縮まった。特に、腹・腿の伸縮が強くスムーズになったことが大きい。

*1:そもそも初心者向けのトレーニングスケジュールメニューの名前として「新入り」と書いてある。ちなみに、数ヶ月したら「善行」「ベテラン」などになる。もっとエキストリームなのは「懲罰房」「超人」となっている。

*2:Brumitt and Cuddeford 2015 Current concepts of muscle and tendon adaptation to strength and conditioning. Intl J Sports Phys Ther 10:748-59